納得の日々を過ごしたり増やしていくことが1つ大切なようだと、、。
納得の日々とは、なんだろう、、?。納得の日々というのはとにかくその日なり時間なりを一生懸命に打ち込むことだ、、と。
何事にも効率を求めるというのは凄く要求されている気がするしそれが当たり前のような風潮を感じたりもするけれども、納得の日々を作っていくというのは、自分自身の心の姿勢から生まれものだと思うことから、効率というのは必ずしも絶対的なものではない気がする。
もちろん物事を効率的にこなせればそれにこしたことはないと思うけれど、じゃ非効率なことがあれば、それが即ち納得のある日々にはならないかといえば、そうではないと思える。
とにかく一生懸命自分を尽くすことが凄く大切なんだと思う。
1つの目標に対して効率を測定していくやり方はあくまでも方法の1つであるにもかかわらずそれが第一優先事項として錯覚してしまい、その前に毎日毎日を一生懸命に頑張り納得的に過ごしていくということの大切さが隠されそうになる。
納得の日々を感じるのは自分の心の姿勢だし、多くの情報や組織や人間関係の関わりの中で生きていく生き物だけれど、それでもそもそも人生は誰が演じるわけでもなく自分自身の舞台なのだから、そう考えればそれほど人から影響されるということはさほど重要ではないのかもしれない。
一生懸命頑張り過ぎる自分自身だけでなく、そのもう一方では自分自身の緩さもまた同様に認めてあげられれば少し心の余裕ができてバランスが良いのかともおもうのでした。。でした。