心は常に一定ではない。体調、用事、仕事、家庭、自分自身、とあらゆる事から影響をうける。
それをどういう風にしたら安定的に維持したり、安定する方向にもっていくか、、その方法を経験的に知ることが何より大切だ。その自分自身に対するノウハウを一旦身につければ、以後はいろいろな場面で使えるようになる。

何かをしようとおもったり、目標に向かったりその中での様々な出来事で、その身につけた対処法としての自分自身に対する自分自身のノウハウを使うのだ。

行政書士や資格の勉強は、単なる合格の為のみの勉強であっては勿体無い。


例えば行政書士として、独立を考えるなら、そこで様々な困難が次から次へと出てくると予想できる。顧客獲得、開業資金調達、経営の安定化、地域の同業者との関係、各種の嫌がらせ、業務としての実務経験他、、あらゆる困難がたぶんある、その時も、自分の気持ちが心が影響を受けないはずがない。

今から先将来のその時の困難なことの為にも、自分自身で行政書士の勉強に取り組んだ時のメンタルノウハウを使うのだ。

だから今の、行政書士の勉強はたんなる得点を取る為だけの勉強ではない。

そういう意味で行政書士の資格試験はオイラは、単なる手段だ。単に基準点が足りたからそれで全て納得という具合には到底なれない。もっと大切なことが、試験の合否以外であると思うのだ。


(ρ°∩°)と書いてると、、なんだ、、こいつ行政書士になりたいのか?と思われちゃうかな?。。。
仕事はなんでも大変。真剣にやれれば厳しくも楽しい。。

勘違いしやすいのは、
前向き=積極的、逃げない、立ち向かうというイメージだ。。しかし、逃げること、一時非難すること、かわす事も、凄く大切な前向きなことだ。


攻め続けるボクサーはいない。防御しないボクサーはいない。一歩後退しないボクサーはいない。自分自身の体力、持ち味、を知っているからこそ、時には猛打で攻めるが、時には防御し、時には待避する。自分自身の弱さやその対処法を知っているからこそ強いのだ。
ボクシングは目の前に相手がいる。勉強は、目の前に相手がいない。戦う相手は目には見えない自分自身だ。しかし、理屈はそう遠からずだ。

オイラは試験までひたすら姿が見えない自分自身と戦うのだ。一番の敵は、やはり自分自身だ。