夜の駐車場は、いつも少しだけ冷えている。

 

エンジンを切ると、雨の音だけが車の中に残る。

 

スマートフォンの画面が、ぼんやりと膝の上を照らしている。

 

既読のついたメッセージが、いくつも並んでいる。

 

返信は、まだしていない。

 

カップホルダーには、冷めたコーヒー。

 

さっきまで温かかったはずなのに、もう味を思い出せない。

 

そんな夜が、あった。

 

会議室を出たあと、誰にも本音を話さないまま、車に戻った夜。

 

「大丈夫です」と言って、部屋を出た夜。

 

本当は、そう言い切れなかったはずなのに。

 

ほかの言葉が、見つからなかった。

 

話せる人はいるのに、話せないことがある

責任ある立場にいると、周りには人がいる。

 

部下がいる。

同僚がいる。

家族がいる。

友人がいる。

 

日々、誰かと話している。

 

相談を受けることもあれば、意見を求められることもある。

 

けれど、自分のことになると、言葉が止まる。

 

本当は少し疲れていること。

 

決めたことに、まだ迷いが残っていること。

 

誰かに聞いてほしい夜があること。

 

そうした言葉だけは、なかなか口にできない。

 

それは、人を信じていないからではないのかもしれない。

 

守りたいものが、あったから。

経営者なら、社員を不安にさせたくない。

医師なら、患者の前では落ち着いていたい。

管理職なら、部下が安心して働けるようにしていたい。

 

家族の前でさえ、余計な心配をかけたくないと思うことがある。

 

そうして、一つひとつの言葉を選んできた。

 

守ってきたものが、あった

会社を守るために。

社員を守るために。

家族を守るために。

信頼を守るために。

 

そのとき、そのときで必要だと思う判断を重ねてきた。

 

誰かの前で、落ち着いていること。

迷いがあっても、まず決めること。

自分のことより、相手のことを先に考えること。

 

それらは、きっと大切なものだった。

 

けれど、その時間が長くなるほど、

 

「ここでは、本音を話してもいい」

 

と思える場所が、少しずつ遠くなっていくことがある。

 

本音を失ったわけではない。

 

話したいことが、なくなったわけでもない。

 

ただ、守るものが増える中で、自分の言葉を置く場所が見つけにくくなっていた。

 

何も答えなくていい時間

誰かに相談できないわけではない。

 

ただ、相談したあとに、相手を心配させてしまうかもしれない。

 

説明しなければならないかもしれない。

何かを決めなければならないかもしれない。

 

そう思うと、言葉を飲み込むことがある。

 

「大丈夫ですよ」

そう言われても、まだ大丈夫だと思えない夜がある。

 

「頑張っていますね」

そう言われて、返す言葉が見つからなくなる夜もある。

 

励ましてほしいわけではない。

答えがほしいわけでもない。

 

ただ、途中で言葉が止まっても、そのままでいられる時間。

 

何も決めずに、黙って座っていられる時間。

 

そんな時間が、どこかにあったような気がする。

 

雨の音が、少しだけ強くなる。

 

フロントガラスに、水滴が並んでいく。

 

昔は、こんな夜に、誰かに電話をかけていた気がする。

 

用事もないのに、声だけ聞きたくて。

 

話すことがなくなっても、電話を切らずにいた。

 

いつからだろう。

 

電話をかける代わりに、スマートフォンをそっと置くようになったのは。

 

カップホルダーのコーヒーを、もう一口飲む。

 

すっかり冷めている。

 

雨は、まだ降っている。

 

最近、

 

本音のまま話せたのは、いつでしたか。