あくまでも記憶をたより、なので
ここちがうんじゃないの?ここはもっと詳しく書ける!等のコメント大歓迎です!
調べてから書け!ググれ等のコメントはご遠慮ください。
さて、始める前に、
サル…いや、あるお方から、こんなご指摘が。
「そろそろ俺も加えろ!!金ヶ崎とか書きやすいだろ!」
『それはありきたりすぎて…面白くないっす。』
「面白くないってお前…
もしかして自分がネタにしやすい武将=好きな武将にしてるんじゃね~の?」
『違う!!それは全くの…』
大誤解!!
そして…第五回!!
片倉景綱!!!
伊達政宗の側近中の側近で、伊達政宗の丁度10歳年上。
ところで、伊達政宗といえば独眼竜ですが、
これは幼少の時にほうとう(疱瘡。高熱にうなされる病気。山梨名物の食べ物じゃありません。)
にかかり、体は回復したものの右目を失明。
さらに右目が腐って垂れ下がるような状態に。
当時の政宗は自分の顔を見られたくない為に、部屋に引きこもりがちな生活を送っていました。
その目を刀で切ったのが、既に側で仕えていた片倉景綱です。
もし、景綱が目を切ることをしなかったら、政宗のその後の活躍はなく、家督も弟に奪われていた事でしょう。
また、戦場では政宗の剣術指南役をやっていただけに強く、それ以上に軍師、知略において伊達家を支えました。
それだけに小田原の役以降は秀吉の目に止まり、大名として領土を与えようとしました。
しかし、そこは直江兼継同様、かたくらに…いや、かたくなに断り、伊達家の重鎮として生涯を過ごしました。
今回はこんなもんで。
ではっ。
追記:忘れてた。
記憶をたよりに思い出した参考文献
・マンガ日本の歴史シリーズ『伊達政宗』
・信長の野望シリーズ