告知、あらゆる病名に起きうること。
そして避けられない現実に悩ませられること。
そして何がしら始めるとき、はじめてから脅えること。
私は、感染が発覚してから何年も経つけど、やはりそこには隠された偏見はもたれている。
表面的には、特に気にしないでといわれつつも、内面的にはやはり避けられる。
当然なんですよ。万が一ということはないとはいえません。
細心の注意を払っても、いまだ感知した例はないし、新たな展開もない。
確かに、薬は劇的な進歩をしています、反面まだある意味治験的で、副作用も定かではない。
自分は腎臓が少し良くないため新たな薬はお預け、反面、ほっとしています。
今の薬をはじめたとき、不安は最高値、体は最低な中始め、副作用に悩まされました、
苦しかったあの最初のころを、また迎えるのかと思えば。
仕事もままなりません。障害者と分かれば内容を告知しなくてはならないところもあります、
いざ告知をすれば、今回はと断られ、面接のときの担当者の驚きの顔は忘れられません。
だから、告知も良し悪し。
人知れず知られないほうが安らかに過ごせる。
多分終焉を迎えるまで続くことでしょう。
いつも、過去に戻れたらいいな、高望みはしません普通でいいから。
いまや病気は慢性化している扱い、どうにもなりません。
人肌恋しい毎日です。