こんなこと書くと正直、突き上げられるかもしれませんね。
誰が良い誰が悪いの以前のことです。
私が一番嫌いなことは、そのときに乗じて、テロや、破壊や、略奪や、人として理性を失い、
感情のおもむくままに、行動すれば、誰であろうと許されることではないということです。
そこにはおきた理由などもうすでに存在しないし、ただただ、ある意味ゆるさぜられぬこととしかいえません。そこには、歩み寄ることもなくただ反発のみ、本当に人間はおろかです。
国を収める立場の人たちも、ある意味同罪。
過去の事ばかり引き出して、あたかもその当事者のごとく、過去には確かに歴史的に許されるはずもないことは数多くあるでしょう。
でも、それこそそれを教訓にして二度とおきないようにするしかない。
当時は決してっ現在の私たちでは、計り知れないいろいろな環境や、政治的理由や、他いろいろあった事が背景にあり、結果としてしか判断されない。
もしひとつのものを奪い合ってどちらのものでもないとするならば、それをこの世から抹殺して、存在をなくすか、もしくわ共有して、お互いの利益を追求するか、まるで今起きていることは、・・・そう昔の人がよく言っていたのですが、まるで、お山の大将は我一人。
ともかくもう少し理性を持って、感情に流されないで、落ち着きを持ち、心穏やかに。
中にはただ、理由なくあおっているだけの人もいるでしょう。
このまま、平穏な未来を眺め見上げたいと思います。
願わくば誰一人傷つくことのないことを願うばかりです。
良き隣人として。