わたしの実家でも猫を飼っていたことがあります。
その猫はひいおじいさんにすごくなついていました。
高齢だったのであまり部屋から出てこない人でしたが、たまに会うときはいつもその猫が一緒でした。
今になって思うと、ひいおじいさんは少し痴呆気味だったような気がします。
急に変な声を出したりするので、子供の頃のわたしはひいおじいさんが怖かったです。
一緒にいる猫も痩せていて可愛くなくて、頭を撫でてあげた記憶もありません。
家族のみんなも嫌いだったのでしょうか。誰もその猫と遊んだりしてた覚えがありません。
そう言えば、名前も知りませんでした。
そんなひいおじいさんは、わたしが小学校に上がる前に亡くなりました。
ダイオウジョウだったと親戚の人たちが言ってたのを覚えています。
部屋でお医者さんが臨終を看取っていたとき、その様子を廊下から覗き見しました。
ひいおじいさんが寝ている布団の上にその猫が座っていました。
お葬式の時も、その猫は祭壇のすぐそばでずっと座っていました。
試しにお膳で出てきたお刺身を持って行ってみたのですが、見向きもされませんでした。
実家は結構な山の中で、墓地も歩いていけるところにありました。
みんなで歩いてお墓にお骨を納めに行きます。
お骨を先頭にした行列の更にその先頭に、あの猫がちまちまと歩いていました。
よっぽどひいおじいさんが好きだったんだなぁと思いましたが、みんな静かに歩いているので私も黙っていました。
納骨を終えて家に戻って、ご飯を食べてお風呂に入って。
いつもひいおじいさんと一緒だったあの猫は、今はどこで過ごしているんだろう。
ふと疑問に思いました。
いつものひいおじいさんの部屋を覗いたけど、いませんでした。
お仏壇の部屋も探したけどいませんでした。
そして、子供だったわたしは、いつの間にか猫の存在も忘れていつもの生活に戻っていました。
今では私も大人になって、結婚して息子も産まれました。
息子がどうしてもとお願いするので、我が家でも猫を飼うことにしました。
家族でその話をしているとき、急にあのときの猫のことを思い出しました。
思い出すにつれて、あのときは感じなかったけど今思うと不思議なことがいろいろ出てきました。
痴呆だったおじいさんが、ちゃんと猫の世話をしていたはずがありません。
だけど、あの家で猫の餌をあげたり糞の始末をしていたのを見たことはありませんでした。
ある確信を持って、実家の母に電話で聞きました。
「うちって、昔猫を飼ってたよね?」
「ああ、いたよ。よく覚えてたね」
「その猫っていつまでいたの?」
「えっと・・おまえが歩き始めた頃だから・・何年前?」
「いや、わかった、ありがとう」
「懐かしいねぇ。おじじによくなついてて、猫死んじゃってからおじじがボケちゃって大変だったんだよ」
あの猫は、痴呆になってしまったひいおじいさんが心配で付き添っていたのでしょうか。
あれから20年以上経っています。
今でも仲良く一緒にいたらいいですね