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まずあるのは、浦和レッズというクラブ

ついでに、闘莉王の一件について、私見を書いておきます。


今季、チーム全体を見て、フィンケ指向に順応している選手と、していない選手がいました。それはイコールでフィンケ体制に対する支持・不支持とも取れます。

三都主がシーズン途中で名古屋へ放出されたのは、フィンケ戦術の理解度が低かった(拒否していた)からだとろうと思っています。

闘莉王は控えの層が薄いこともあって使われ続けていましたが、浦和を見続けている者なら、彼のクオリティやチームとのフィット感が年を追うごとに低下していたのは否めないところ。

闘莉王は「自分から出て行くわけじゃない。レッズが俺を必要としていないから出て行く」と言っていますが、この件に関しては闘莉王を支持したくありません。


まず選手があるわけじゃない。まずサポーターがあるわけじゃない。
まずあるのは、浦和レッズというクラブ。と考えているからです。


選手やサポーターは、いわばクラブの歴史上に生まれた結節点のようなものだと思います。

選手は移籍や引退をしてやがてチームを去る。サポーターはやがて歳を取り亡くなる。それでもクラブは生き続ける。

闘莉王の残留を望む声がサポから強いのは知っています。けれど、闘莉王の存在がチームに悪影響を及ぼすのであれば闘莉王は放出すべき。それが選手・クラブ双方にとって幸福な結果になります。


「なにがなんでも勝たなくちゃいけない。それがレッズ」とも闘莉王は言いました。

けれど、浦和レッズが「なにがなんでも勝たなくちゃいけないチーム」であることを俺はまだ望みません。

今それを求めたら、確実に「○○頼みのクソサッカー」に戻ります。それが世界で通用しないことを身をもって体験したのに、そこに戻ってどうするんです?

俺は浦和に世界一のクラブになってほしいと願っています。戯言じゃなく、本気で願っています。CWCでACミランと対戦したとき、とても感慨深かったです。と同時に、当時のチームの限界も知った気がしました。

だから、フィンケ体制はクラブの方向性として間違っていないと言いたいです。



闘莉王には感謝しています。それはもう本心からそう思っています。

だから、浦和というクラブに生まれた一つの結節点が今終わった。そういうことなんだろうと思っています。