私はテレビで震災のその後の様子を見るのが辛い。私のような者でさえこうなのだから、家族を失い、家を失い、職場を失った人々はいかばかりかと思う。震災から1年が経過したが、傷は癒えていない。心象風景は何も当時と変わっていないのだ。
近頃、テレビのニュース報道は「震災」関連が多い。震災のニュースはなるべく見ないようにしている。チャンネルを変えるかテレビの電源を切ってしまう。家人もあまり震災の話しはしない。私もその話題には触れないようにしている。時折、知人から「震災の折には大変だったでしょう」と言われるが、細かく説明するのも面倒だから「まあ、このあたりは軽微でしたから」と言ってごまかしてしまう。
震災に対する人々の思いはさまざまだろう。私は被災者と言ってもほんの軽微な方で、被災者と言うのもおこがましいが、それでも津波の様子など二度と見たくないと思うし、福島原発のことも細かく知りたいとも思わない。
友人、知人に東北在住者が多く、特に福島の沿岸部から避難している友人と話すときはお互い黙ってしまうので「会話」にならない。お互いの気分がよく分かるので、言葉が必要ないとも言えるが、安易な元気付けの言葉がいかに空虚なものなのかを実感しているせいでもある。友を想って時折涙が込み上げてしまうのだが、それを隠すのに必死である。