大豆系
いつものスーパー。
閉店30分前。
売り場には何もない。
お惣菜。
魚介。
パン。
野菜。
肉。
いったい何を買えばいいんだ、といつも思う。
この時間に帰るとまあTHE END。
牛丼でも食べて帰ればいいものも、スーパーまで来てしまった。
引き返したくはない。
(ちなみにツーリングなんかで道を間違えても引き返したくはない。次の交差点を右とか左とかに曲がって元の道に戻りたいタイプ)
だから食べに引き返すという選択肢はナシ。
なんとかそこで夕食にありつこうとする。
う~ん。
と売り場をふらつくこと十数分。
大豆系の食べ物は売ってる。
決めた。そうしよう。
とそこらへんの食べ物を購入。
豆腐でしょ。厚揚げでしょ。がんもでしょ。納豆でしょ。あと枝豆でしょ。
あと忘れちゃいけないのがビール。
大豆づくし。
これだけでとっても幸せな気分に浸れる。
ご飯が炊けるのを待つ。
早くできろ~。
食べたいものに向かっていけないという条件。
閉店間際のスーパーにあるものだけで夕食を作りましょう。
THE残り物調理法。
さあ、どう調理しましょうか。
・・・やっぱりめんどくさくなってきた。
温めてそのまま食べようw
(↑気力ゼロ)
料理のレパートリー多い人はこんなことないのかな。
なんでも来いって感じなんでしょうか。
エコ
先日の日記 でエコのために自転車に乗っているわけじゃないと書いた。
それはそのままの意味であるけれども、別に地球環境なんてクソくらえ、なんて思っているわけではない。
最近聞く「エコ」という言葉に胡散臭さを感じるのは私だけだろうか・・・
エコカー、エコバッグ・・・
よーく考えてみよう。
プラスマイナス0、もしくは限りなく0に近いもの、
それか環境にとってプラスになるものはエコと言うとする。
きっと本来エコという言葉の定義はそこらへんのこと。
極端に言うと、もしプリ○スが二酸化炭素を燃焼して走って酸素吐き出すクルマだったら
そりゃどうぞ堂々とエコカーって言ってくれ、と思う。
でも実際は二酸化炭素撒き散らしてる。
それを生産するのにめちゃくちゃエネルギー使ってる。
もちろん工場から二酸化炭素も大量に出してる。
「エコカーです。どうですか?これから先エコカーに乗らなくてどうするんですか?」
・・・それが正義なのか。
「普通のクルマよりちょっと燃費のいいクルマです」
って売ってればなんも文句ない。
買うほうも
「普通よりも燃費良くてお財布にやさしいわ」
くらいで乗ってれば文句はない。
売るためには手段を選ばないのか?
乗ってればデカい顔できるのか?
それは偽善者か無知のどちらかであると思う。
「エコバッグ」
なんだ、このネーミング。ショッピングバッグだろ。
いままでたまたまレジ袋をもらう習慣になってきてたのを変えましょうってだけの話。
エコって謳うには及ばないと思う。
このエコって言葉が人々を正しいとは言えない方向へ加速させる。
これは大きな罪。
いつも間にやら安い言葉になってしまったもんだ。。
そう。
気の利く人間、敏感な人間はもう気づいている。
もうこれ以上作らないことが環境にとっては1番良いことだ。
と。
チェ 28歳の革命
見てきました。
内容は・・・ゲバラやキューバ革命のことを知らないで行くとちょっと辛いかな、って感じ。
彼の指導力という部分を良く描けた作品だと思います。
続編も見に行こう。
この世に不必要な人間なんていない。
と同時に必要不可欠な人間なんてものもいない。
偉い人間もいない。
そう思えば争いごとなんてなくなるのに。
ただ指揮を取る人間は必要。
・・・しかしどう頑張ってもゲバラは28歳に見えなかった。40・・・w
江戸川CR
今日は江戸川へ。
荒川と違ってこっちはのんびりコース。
最近すれちがうライダーがめっきり減ってきた。
寒くて乗らない人が多いのか、ブームに乗って買った人がもう飽きたのか・・・
何事も継続するにはそれなりの工夫が必要だと思います。
ダイエットとか健康のためとか思って始めた人は長く続かないのは当たり前です。
普段通らない道を通ってみる、とか
風を感じたい、とか
ホンキで走りたい、とか
写真を撮りながら、とか
普段の生活で味わえない感覚を、とか
外へ出るきっかけくらいでもいいんじゃないですかね。
言ってみればそれが結果としてダイエットや健康につながる。
自転車に乗ることがエコとか言う人もいるでしょう。
(ワタシはエコのために自転車に乗ってるわけじゃないですけどね)
何が言いたいかというと考える順番がおかしいってこと。
まず最初にダイエットとか健康とかエコなんてものが来てしまうと良くない。
それはただの結果。過程のほうが重要だと思いますね。
・・・そういやバナナダイエット。
まだやってる人いるのかな。









