健康は失ってみてはじめてそのありがたさを知ることになる。(心身ともに)
自分の足で歩くこと 手で物をつかむこと目が見えること
耳が聞こえること言葉を発すること匂いを嗅ぎ分けること
口で食事が出来ること、自力で排泄が出来ること。
毎日ほとんどそのありがたさに気がつかずに生きている。
習慣に落とし込まれた考え方や生活パターンが健康・不健康を作り出す。
子供の頃から、両親や学校の先生、マスコミ、職場の上司、評論家等の
何らかの尺度を生活規範のベースに落とし込んで生きているわれわれ。
自分と言いながらまわりの人達の尺度に染められた生き物として存在して
いるのかもしれない。
MS-DOSからウインドウズ3.1 95 97等々オヤジ世代もパソコンの習得に
取りくんだこの20年ほどの間に、ネットのインフラも整備されてようやく
情報統制されない意見も垣間見ることが出来る時代になったと思う。
情報発信する側と受け取る側が一方通行の時代から誰でもパソコン一台
あれば、自分の意見を少なからず発信出来る時代に生きていることに感謝している。
何時の時代でもたぶん真実は少数派のなかにひっそりとあるものなんでしよう。
私たちが生きている今の社会制度はいわば勝ち組が作り上げたシステムである。
知識をたくさんたくさん脳に叩き込み受験戦争を勝ち抜き、選ばれし者達が住む世界
に入った若者達の大半はその属する社会制度を断固守る兵隊に成長していく。
大多数の庶民は先生と名前の付く人たちにまことに免疫力がない。
素直に従順に従うのである。
あなたの病気はこの薬を飲まなければ改善されません。
はい分かりました。
とてもとても従順な患者さんたちは先生の処方箋に従うことになる。
病気は薬では治りません。
このようなことを言ったらたぶん医療の世界では総攻撃をうけて撃沈❢
でもそういう過激なことを発言しているお人もいるのですね。
とんでもない評論家いや真実をついている等々意見は多数あって良い
と思う。
判断するのはそれを受け止める側の問題だが、いろんな意見が乱れ飛ぶ
事自体がいままで稀であったわけだから❢
問題意識の共有 情報収拾 取捨選択 同意 信頼のプロセスを経て、時代は
少しでも良い方向にいっていってほしいものである。
アメブロでユーチューブは何故か見れないようになっていますが
「宣言 新医学 YouTube」で検索すれば見れると思います。
私の兄は50歳で直腸癌でなくなりましたが、全く今思えば為す術
を見いだせませんでした。
兄の分まで健康に生きたい思っているオヤジのひとりごと。