ユニバーサル・シリアル・バス・コントローラ。 | 暁の流星

暁の流星

戯言置き場。

やれやれ・・・やっと日記に画像を載せる事が出来る。細かな事柄は別に書くとして、ひと苦労だったと記録しておきたい。


昨日・今日と、知人の外付けハードディスクの修復を行っていた。曰く「調子が悪く、USBが認識しなくなった。」とのこと。俺の経験で考えられるのは次の通り。

『PCのOS側で、USBを認識する部分が破損した』
『USBケーブルの接続が不安定(ぐらぐら)』
『外付けハードディスク側で、USBを認識する部分が破損した』
『基盤が破損しているか、USB端子への線が物理的に切断している』
『端子若しくは、USBケーブルが破損している』

これでウチに持ってきて接続出来れば、物理的破損の可能性が出てくるのだが・・・とりあえず、持ちこんでもらう事になった。(持ち込んだ際、チェックと並行作業で本体に別のUSB機器を接続したところ認識した為、PC本体は正常であるようだった事を付け加えておきたい)
個人的に、USBというものは"吊り橋"の様な物と考えている。PCとハードウェアの基部をUSBという吊り橋で繋いでいるというものだ。持ち込まれた外付けハードディスクは、接続と切断を繰り返しながらデータを移そうとしてもエラーでシャットダウンするというものだった。吊り橋で言えば、ハードウェア側の基部に括り付けられるはずの吊り橋のロープがおかしくなっている。その為、橋がかかったり落ちたりしているのだ。一部のデータを移して外付けハードディスクの負担を減らしチェックしてみると、USBを接続する為の部分のデータが3つほど断片化していた。
自分の所でも時折起きるのだけれども、USBに関する部分が断片化してしまうと外部機器を接続出来なくなってしまう。断片化した結果、おかしな繋がり方になってしまい処理する情報がループし続けてしまうと、接続と切断を繰り返すようになる。
断片化したHDDの中身を安定して組み直すには、使用しているウィンドゥズによれば少なくとも30%の空いたスペースが必要であるという。少なくとも27%は欲しいところなので、いくらかのデータをウチのPCへ移動させる事にした。1630時の事である。
とりあえず移動しようと槍玉に挙がった27GBの情報は、エラーで何度も再接続が行われた。其の度にエラーの出たフォルダを開いて、中身だけ新たなフォルダに移動させる。フォルダと中身との接続(このフォルダにはこんなものが入っていますよ、という情報)に問題があるのか、フォルダ移動でエラーが出た際には、これを行うと再エラーが出にくい。止まる度にもう一度外付けを認識させて該当フォルダの中身だけを移動させる、その作業は余りに時間がかかるので、ユーザーにはお帰り頂いた。
翌日、0015時。データの移動完了、一度電源を落としてPCをリフレッシュした状態で断片した外付けの中身を直す。それが完了したら自分の所に移動させたデータも組み直して、再びPCの電源を落とす。コーヒーを飲んで再起動後、抜き出していたデータを外付けに戻す様にセット。データの移動は夕刻まで続き、今に至る。その間のエラーは無し。

エラーのレポートからは問題のあった項目が消えていた、応急処置的な事だけれどもこれで暫くは保つだろう。PCの知識のある人には、極々些細な事柄かも知れない。だが、知らない人はとても多い。かつては自分が歩いた道だけに、その困っている状況が解る以上は差し伸べたいと思う。
面倒な作業だという声は、よく聞かれる。だからといってそうした事を放置していれば、相手は困ったままで何も解決はしない。自分で調べろというのは簡単だけれども、右も左も判らない相手にその言葉は、傷口に硫酸を注ぐ様なものだ。それを直す状況を見せ、何を行っているかや想定される事柄などの説明をし、双方で理解を深めないと、どういった問題があるのか等は伝わらない。そうして得られた経験で双方のスキルを上昇させるのは、社員教育と同じである。そうした経験をトラブル毎に積み続ければ、物事に対処出来る様になる。如何に知識や技術等があろうとも、そうした事柄を行わずググレだの即戦力だのと言っているのは人として無能である。

本来ならフォーマットからやり直した方が良いのは云うまでも無いが、昔に比べれば安いとはいえPC関係が高額である事には変わりが無い。それは周辺機器にも言える事ではあるけれども、情報社会に意味を見出さない人や、とりあえず使えりゃよくて壊れたら捨てるといった考えの人もまだまだ多い。そうした人達が機械との対話が出来る様になれば、新しい経験として別の道が見えるのではないかと思いつつ、出来る事をやっている。
今回の原因として考えられるのは、空き容量の不足と断片化によるループにひとつの要因がある様に思う。腹七分目を超えてしまった為、息苦しくなってしまった・・・そんなところだろう。









昔俺が感情を失った時、言葉を忘れた時、それを新たにインプットしてくれたのがパーソナルコンピュータとそのプログラムだった。事故で能力が著しく落ちたとはいえ、まだ辛うじて彼らの相手が出来る限りは、付き合っていきたいと思う。

それが、たとえUSBという端子のひとつだったとしても。