6月最初の週末は緑眩い津軽地方への遠征を予定し、金曜夜の弘前行夜行バスまで予約していた。ところが、その後、同日夜に外せない仕事が入ってしまい、遠征をキャンセルせざるを得なくなった。ぽっかりと空いてしまった土日を無為に過ごすのもアレなので、雨が降らなさそうな土曜日にどこか行こうと考えた結果、秩父鉄道に出向くことにした。

秩父鉄道の影森以遠が廃止されるかもしれないとの憶測があり、そうなると蒸機列車がどうなるかもしれず(ターンテーブルの移設などどうするのだろう?)、撮れるうちに撮っておこうという魂胆もある。

当日は関越道を花園インターで降りて、長瀞方面に向かう。それにしても、花園インター周辺は賑やかになったと今更ながら思う。かつては(C58が走り始めた頃だから、もう40年近くも前のこと)ロードサイドにこれといった大型店舗などなかったが、いまや各種量販店が林立しているし、ホテルまである。長い年月があっという間に経ってしまったと、そんな感慨に浸りながら車を転がした。本命の列車が通過するまでまだ3時間以上もあるので、どこかまったり待機できるところで過ごそうと思い、親鼻の野球場に向かった。現れる列車を片っ端から撮影し、本命のC58を撮影後に追いかけを開始。2発目は浦山口〜武州中川の煙を期待できる場所で迎え撃った。

そして、昼食を食べに入った影森駅近くの蕎麦屋が大当たりであった。返しの上り列車は無理に追いかけをすることなく1箇所だけで撮影、そのまま正丸峠を越えて一般道で帰宅した。

↓下り列車と上り列車の両方を撮れる場所に三脚を据え、やってくる列車を次々に撮影した。秩父鉄道に元東急車がこれほど大量に進出しているとは恥ずかしながら知らなかった。元東急8090系は派手派手しいラッピングが施されているが、元8500系の方はさほどでもないのが救いである。(上長瀞〜親鼻/2026.6.6(以下同じ))

↓今や私鉄(臨海鉄道を除く)で貨物列車を運行しているのは秩父鉄道と三岐鉄道だけである。3時間の間に3種類のデキをものにすることができた。

↑↓本番前に少し場所を移動して待ち構えていたら、前座として元都営6000系がやってきた。本命のC58は煙が薄く、期待が外れた。それでもヘッドマークの付かない蒸機列車はやはり良い。

↓ここに三脚を立てたのはいつぶりだろうと思い返すと、運転初年の1988年以来だった。電柱が林立していて撮りにくいのは変わらずである。先客の年配の方が気のいい人で、わずかな滞在時間だったが楽しいひとときだった。(浦山口〜武州中川)

↓昼食を食べに立ち寄った、影森駅近くにある「そばいっぽんぎ」。くるみ汁そばの大盛りにカレー丼(小)をつけて¥1,150とコスパがいい。自家製麺の味ももちろん◎。
↓昼食後に訪れたここはGoogleマップであらかじめ目星をつけていた。現場は遮断機のない第四種踏切で、少しでもセンサーエリアに入ってしまうと注意を促す音声が流れてしまい、鬱陶しかった。(武州日野〜武州中川)

 

翌日曜日は大人しく自宅で家事をこなすつもりでいた。ところが、朝になって家人が横浜への送迎を突然要望したので面食らった。最初は拒否したが、後が怖いので要望を受け入れることにした。そうはいっても、東京と横浜を有料道路で無為に2往復するのはいかにももったいない。しからば、「送」と「迎」の間の時間潰しにどこかで鉄ちゃんしようと考えた。どこにしようか瞬時に考えをめぐらし、東京湾を渡って小湊鉄道に出撃することにした。出撃といっても現地での滞在可能時間はわずか2時間なので、狙いを1箇所に絞ることにした。選んだ場所は光風台近くの養老川に架かる鉄橋。まったりできるのではないかと思ったこともある。ポプラの大木を画面に配しつつ、こまめにアングルを変えて撮影した。今日の天気はどんよりとした曇り空で、今にも雨が降り出してきそうだったが、ここはなかなかの撮影ポイントであると感じた。小湊鉄道といえばキハ200という印象があるが、この日はキハ47の運用の方が多かったのは意外だった。

実は東京湾アクアラインを通るのは久しぶりで、時間帯によって通行料金が変動する仕組みに変わったことを知らなかった。川崎方面への上りは13時から料金が倍になるので、それまでに木更津金田ICを通過することにし、天気が良いときに再訪しようと思いつつ、現地を後にした。

↓以下の写真はいずれも小湊鉄道光風台〜上総山田/2026.6.7撮影