血が抜くという行為がとても好きでした

「血を抜くと悪いもの(想念)がなくなる」
という発想からで
小学1年のときには確実にあったから
幼稚園以前からあった感覚
今はそんなことはないし
何がきっかけでいつ頃からそういう意識が
なくなったのかはわからないけれど
そういう思いがあったこともあって
瀉血療法にとても憧れを抱いていました
ふと
なぜそういう思想になったんだっけ・・・
と思い出してみていたら
きっかけはそれこそ毎月の血液検査
病院に向かう道中両親が大喧嘩

病院内では体裁を保ってはいるものの
血液はとっても正直で
そのときの母の血液採取が
とっても勢いよく出て色が真っ黒
いつもは片手だけじゃポンプしても足りなくて両手から
それでも足りないときは手の甲からがセオリー
赤いサラサラとした絵の具のような赤い血
だっただけにビックリ
黒い血=怒りの血
それがなくなるとよくなる

っていうたぶんそういう発想から
だったような気がします
定数量が決まってるなら
幼い私が感じた「黒い血」を出しちゃうのも
手かもしれないけれど
結局それを生み出しているのは人間だから
いくら抜いても意味がない
真っ黒な血はどうやら酸性みたい
怒りはアドレナリンに関係し
交換神経を高め
心拍数、血圧があがり
血糖値があがる
血糖値があがる=酸性なわけだから
アドレナリン=酸性説にも
合点がいくしとっても納得!
底から湧き上がるアドレナリンの力って
生命の爆発力のある力というか
生きる力のエネルギーの使い方
イメージカラーとしては
Deep Redっぽいから
強いグランディングの力とも関係してるかな
使い方を間違えたり
過度になりすぎると
食いつぶしてしまうそんなエネルギーなのかも