怒りをそのまま書いていますので、口が悪いです。ご了承ください。
会社の新人研修にて、外部研修なのでたくさんの同業他社の方がいました。
その中で問題行動が目立つ他社のMさんがいました。
Mさんは研修中いくつかの会社から抗議を受けており、私も最終的に自社を通して抗議をしています。
抗議内容は、たびたび私の同期を馬鹿にする発言をしていたことです。
(呪いのカルマメイトの同期ではありません)
同期は気にしていませんでしたが、今後取引先になるかもしれないことを考え報告すべきと独断で行いました。
そして研修の最後、ランダムにチームを分けられ研修で得た知識を使い、成果物を作ることになりました。
チームにはMさんと同期が居ました、そしてMさんは言いました。
「このメンバーじゃ終わってるな」と。
ふざけるなよ。お前の言動を”我慢してやっている”こちらの身にもなれよと思いました。
私はチームリーダーになりました。
私ならこいつの些細な悪意だって気づくことができる。
だって私は悪意にまみれた人間だから。
こいつを”御してやる”、同期を守るんだ。
悪の正義感が働いていました。
私はMさんが、私と同じでクソみたいなプライドを持っていることを知っていました。
進捗が遅れていても、相談できない、報告できない、話を逸らす。
プログラミングも得意ではない割に他人のできを気にする。
終わらなくても私が手を入れることを見越して、最初から一番簡単なタスクしか割り振っていませんでした。
結局それは現実になりました。
私たちをけなしていたMさんが結果を出せないように仕向けた。
意趣返しがしたかったのです。私は。
途中でMさんは自社から謹慎命令が出て、研修所を退学になり、
私は安堵しました。これで不確定要素が消えてくれたと。
時が経ち思うのです。
私は他人を試す形での管理や意図的な失敗に導いてしまったと。
Mさんには問題行動を注意してくれる人がいなかったんだと思っていた一方、
自分の怒りのままコントロールしたと。
寄り添うことなんて考えもしなかった。
他社の人間で研修中ずっと不愉快な思いをしてきた。
でも、チームリーダーとしての役割を果たすことと、自分の感情は別です。
悪意を向けてくる他社の人間だろうとも、Mさんの問題行動とチームでの役割を果たすことを切り分けるべきでした。
Mさんの問題行動に目が行き過ぎるあまり、「価値が無い」と判断し信頼を最初から与えない、
信頼を与える対象を選ぶという私の行為は、自分の時間やエネルギー、感情を守るためのコントロールに他なりません。
「価値が無い」と判断した相手への冷たさ、過去の経験に引きずられる弱さ、相手の行動や結果が予測できているのにもかかわらず、自分の意図通りに動かす狡猾さ。
会社には相手が悪かったと言ってもらい今まで蓋をしてきました。
実際Mさんは私と同じチームにならなくても退学になっていたでしょう。
しかし私が強くコントロールしたことも事実なのです。
信頼を自分の基準で設定しない、他人に対し勝手に期待しない、予測しているなら最善に向かうようにサポートする、感情を切り離して考える。
私はコントロールを全然理解できていません。
想像力を働かせてもたったこれしか出てきません。
しかし、無い頭で考えて反省するしかない。向き合いは続きます。