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心を揺らさぬために、私が持つ「静穏の芯」【50代】

 

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50代になってから、心が揺れる場面が立て続けに起きている。

ひとつ片づいたと思えば、またひとつ。
いや、片づくという言い方すら違うのかもしれない。
人生の難題というものは、きれいに終わって次へ行くのではなく、いくつも折り重なりながらこちらへ来る。
そんなことを、この数年で嫌というほど知った。

まず、ダブル介護が始まった。
父には余命宣告が出た。
母は認知症。
この二つだけでも十分に重い。
しかも、どちらか片方だけ見ていればいいわけではない。
父には父の危うさがあり、母には母の難しさがある。
種類の違う負荷が、同時に続く。

そこへ娘の進学の問題も重なった。

発達障害のある娘の進路については、かなり悩んだ。
普通科へ行くのがいいのか。
別の道がいいのか。
将来の就労まで見据えたとき、何が本人にとって一番現実的なのか。
考えれば考えるほど、簡単な話ではなかった。

最終的に、支援学校へ行かせる判断をした。
これは苦渋というより、現実を見た上での決断だったと思う。

勉強そのものは、何歳からでもできる。
本気で学びたくなれば、あとからいくらでもやり直せる。
だが、就労へ向かうための土台づくりには、その時期にしか積みにくいものもある。
3年は長いようで短い。
振り返れば、あっという間だ。
だからこそ、その3年をどこに置くかは大きい。

さらに、昨年は妻の入院と手術もあった。

これも急だった。
もともと体調が万全なほうではなかったが、まさか入院、それも手術になるとは思っていなかった。
手術どころか、これまで入院すらしたことがなかった人である。
それだけに、こちらの心への響き方も小さくなかった。

無事に手術は終わり、今は通常の生活に戻っている。
それでも、あのときの緊張感は残る。
人は普段、家族がそこにいることを当たり前のように受け取っている。
だが、その当たり前は、ある日急に揺らぐ。
それを思い知らされる出来事だった。

そして、義理の母の介護もある。

これについては、どうにも割り切れないものが残る。
妻が実質的にメインになりがちな状態が続いているからだ。

妻は三人きょうだいの末っ子である。
長男は義理の母と一緒に住んでいる。
ただ、仕事でほとんど家にいない。
一番上の長女は隣の県で、夫と二人暮らし。
家の広さも十分ある。子どももいない。
普通に考えれば、そちらへ移るのが筋ではないか。
そう思いたくもなる。

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だが、現実はそうならない。

長男も、同居しているわりにはあまり協力的とは言いがたい。
結局、うちが一番近い。車で20分くらい。
だから行く回数も増える。
妻は運転ができない。
となれば、私も自動的に一緒に動くことになる。

もちろん、それぞれに事情はあるのだろう。
外から見ただけではわからないものもある。
それは頭ではわかる。
わかるのだが、心が完全についていくとは限らない。
家族というものは、そのあたりが厄介だ。

こうして見ると、心が揺れることの連続である。

大きな出来事だけではない。
日々の生活の中にも、細かいことはいくらでもある。
言葉ひとつ。態度ひとつ。予定の乱れ。体調の変化。
数え始めたらきりがない。
いちいち反応していたら、こちらの心のほうが先に擦り切れる。

だからこそ、私は思う。
この先を生きるには、不動心が必要なのだと。

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もちろん、最初からそんなものがあったわけではない。

もともと私は、情で動く人間だ。
腹も立つ。
焦りもする。
理不尽さに納得できないこともある。
心は、普通に揺れる。

ただ、揺れ続けるままでは持たない。
そこで自分なりに編み出したやり方がある。

細かいことでは腹を立てない。
焦りに飲まれない。
他の家庭や他人のことは、なるべく気にしない。
比べれば乱れる。
見れば腹が立つ。
考えすぎれば、自分の芯が削れる。

疲れや不満は、胸の中でこね回さない。
空へ放る。
家キャンでもいい。
小高い丘でもいい。
風に吹かれ、夕日を見ながら、空気の中へ溶かしてしまう。
言葉にすると少し気取って聞こえるかもしれないが、実際かなり効く。

夕方の風に当たっていると、胸の奥のざらつきが少しだけほどける瞬間がある。
私はあの感覚を、わりと信じている。

これを私は、「静穏の芯を持つ」と呼んでいる。

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心の真ん中に、静かな芯を持つ。
慌てない。
騒がない。
外でいろいろ起きても、中心まで崩さない。
さざなみは立ってもいい。
だが、大しけにはしない。
できれば、さざなみすら立たせない。

現実には、そんなにうまくはいかない。
人間だから、腹も立つ。
ときには不公平さに歯ぎしりしたくなる。
「なぜうちばかり」と思う日も、正直ある。
けれど、そのたびに感情を全力で燃やしていたら、長期戦は戦えない。

介護をやっていて、まだたった2年半。
たった、と言うには濃い時間だった。
だが、本当の意味ではまだ入口かもしれない。
これから先、いつまで続くのかはわからない。
明日少し楽になる保証もなければ、逆に一気に重くなる可能性もある。

だからこそ、心の安定は重要なのだ。

気合いではない。
我慢大会でもない。
精神論だけでもない。
自分の心を毎日立て直す、小さな習慣のようなものだと思っている。

他人を変えるのは難しい。
状況を一気に変えるのも難しい。
家族の事情は、理屈通りには並ばない。
ならばせめて、自分の中心だけは大きく崩さない。
そこに力を使うしかない。

50代になって、そういう生き方が少しずつ必要になってきた。

若い頃は、揺れても勢いで戻れた。
怒っても、落ち込んでも、寝れば多少は回復した。
だが今は違う。
揺れ方次第で、そのまま翌日にも響く。
数日引きずる。
身体にも出る。
だからこそ、心の持ち方は以前よりずっと大事になった。

私は今日も、静穏の芯を持とうと思う。

外ではいろいろ起きる。
これからも起きるだろう。
介護も、家族も、老いも、そう甘くはない。
それでも中心まで明け渡さない。
風には吹かれても、倒れない。
できることなら、静かに立っていたい。

それが今の私の、自己流の方法である。

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