4.ダークナイト
もう、これは傑作ノワールです。すみずみまで、重厚で完璧。なにより、ヒーロー物にこれだけのテーマをこめられるのか、とものすごい興奮を覚えました。これを無視したアカデミー賞の見識を疑います。(ヒース・レジャーだけじゃないよ、この映画は。)
この映画の素晴らしさを語れば映像やキャストや音楽や、きりがないのですが、(なにしろマイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマンの3人が完全に目立たない脇役なんて、ありえない贅沢さ。他にも、プリズンブレイクのマホーン役の名優が開始5分で死んでしまうチョイ役で、よくOKしたなと思う。)
まずはプロットについていうと「アメリカがついにカウボーイ・ブッシュと決別したな」という感想に尽きます。
あまたあるヒーロー物からこの作品が特別になっているのは、ジョーカー自身がバットマンに殺されることを望んでいるということであります。「俺様を殺したら、お前も単なる殺人者で、俺と同じ土俵に上ることになる。お前の負けだ」というのです。
少し前に話題になった漫画デスノート、そして宮部みゆきの「クロスファイア」など、自警団による私刑はゆるされるか?というテーマを扱った作品は日本にも多々あります。
これについて、ハリウッド映画はチャールズ・ブロンソン「狼よさらば」からジョディー・フォスター「ブレイブワン」まで、ほぼ一貫して「私刑はアリ」という回答をしてきました。日本より凶悪犯罪が多くて、銃社会のために自警意識がたかまるのは当然の成り行きなのでしょう。しかしそれをヒーロー物として礼賛するのはやりすぎじゃないのか、と常々疑問に思っていました。
日本はいい意味でも悪い意味でも「グレーゾーンの必要性」とか「寛容性あるいは無節操」を重んじる国だと思います。それを反映してか、先にあげた私刑ものでは主人公はヒーローになれず、その末路はあまりにも無残で、読者に一石を投じる結末となっています。
ジョーカーはそのあたりを理解したうえで、バットマンを挑発します。俺が憎いだろう、殺したいだろう、本当のヒーローなんていないのさ、とうそぶきます。だからこの映画にはダークナイト、つまりアンチ・ヒーローという重いタイトルがつけられています。
バットマンはジョーカーを殺すのか?本当のヒーローなんているのか?これは重層的なサスペンスです。勝つのか?が焦点ではないのですから。勝ち負けってあるのか?罰するとは何か、人を裁く権利を人は持ちえるのか?裁判員制度が始まろうとしている今、問われるのは制度ではなく、裁くことの重みに耐える何かを我々は持っているのか?ということかもしれません。
最後に、バットマンは自ら汚名をかぶって、警察から追われます。ラストシーン、警察犬をけしかけられて、ドタバタと必死で走って逃げるバットマン、これが言い訳をせぬ孤独な男の哀切に満ちていて、ダサいはずなのに滅茶苦茶カッコいいのです。