人生って積み木が1000個あって制限時間内になんでも好きなもの作って下さい。って言われてるみたいで。数は重要じゃなくて何個でも良いんだけど
最初のうちは低い高さで倒れちゃって何度も何度もやり直して。それが経験になって少しずつ高く積み上げられるようになって。今度はどんな形にしようか、高さを出すのか横を広げるのか自由な形に作りあげていって。自然に倒れて作り直さなきゃいけない時もある。他人に壊されて凄いキレたり大丈夫ですって言いながら苦笑いしたり、涙堪えて作り直したり、またまた、やっぱりこれじゃないやって言って自ら壊して作り直したり。
しかもそこに作った形で遊んでみて下さい。ルールは自由です。なんて新たな課題がでたら??
頭の良い人は最初から同時に考えて作り上げていたかもしれない。途中からこうやって遊ぼうって目標を見つけた人もいるかもしれない。ただ積み上げる事に一生懸命で遊ぶ事を考えないで作ってる人もいるかもしれない。試行錯誤しながら残りの制限時間と持ち札の積み木と相談しながら自分の好きな形で自分のルールで遊べるように作っていく。もちろんもう出来ている形は仕方ないや、って納得してそのままで自分のルールの遊び方を重視する人もいる。遊び方を熟考して遊び方を楽しむ人も。。
だけど段々制限時間が迫ってきたり持ち札の積み木がなくなって来たら本当はグラグラなのに、本当は作り直して違う形作りたいのに、今積み上がってる高さを自ら壊す事が怖くなっちゃってなかなか壊せなくなってきちゃって、、それは他の人がどんどん形作ってきて遊び方考えてたりもう遊んで完成系に近づいていればいる程、他の人の形を見て自分の形に自信なくなってきても、今更自ら壊せない。。今まで積み上げてきた自分を否定するようで、今まで積み上げてきた時間が無価値のような気になっちゃって、、本当はコンクールでも何とも競わなくて良いものなのに。。
他人に壊されたり自然に倒れちゃって呆然としていても壊れちゃったねって、壊してゴメンねって、こんな壊し方するなんて酷いねって手伝ってくれる人もいる。壊れちゃったのも事実だからまた一つずつ少しずつ積み上げていけるけど自ら壊すって結構勇気のいる事。
だけど、それも楽しんで壊せる人もいる。次何作ろうかなってワクワク時間気にせず自分のしたいように。そしてこの積み木ちょうだい、この積み木あげるよ、、そこの積み木と繋げても良いってどんどん他の人と協力して他人とどんどん大きな一つの作品に出来る人もいる。それをみて他の人が感動して繋がっていく。それは1人では味わえない。仲間がいないと出来ないこと。1人では1000個の積み木かも知れないけど人が集まる程倍々になっていく。
そして逆に面白がって人の積み上げたものをすぐ壊す人がいるのも事実。笑いながら、自分の欲求が通らない腹いせに、否定して自信無くさせて崩させる人、自分の方をよく見せようと他人のを壊してしか人と繋がれない人。そんな人が周りにいたら一生自分の積み木は積み上げられない。。
せっかくだったら自分で自分の超大作にしたい、誰かと繋がって大きな一つの作品の一部になりたい。。小さくても自分のめちゃめちゃお気に入りの形にしたい。誰かに感動してもらえる形にしたい。
これから私はどんな形の積み木をどんな自分ルールの遊びでやっていくのか、制限時間は、持ち札の積み木は足りるのか、今からでも作り直せるのか、、自ら壊すのは怖い、、このままにしといた方がいいのかどの判断が自分にとっていいのか、、後悔しないのか、、いつのまにか常識とか世間体とか自分の狭い考えに縛られて考えても堂々巡りです、、