今回は少し毒を吐かせて頂きます。灰汁の強いお話になりますのでご容赦ください。
今住んでいる実家のリフォームをどうしようか考えるようになってから、妻とあれこれ話をしていると
「私、実は同居が限界だった時期があったの。一番辛かった時期はもうだいぶ前に過ぎたし今は慣れちゃったからもういいんだけどね」
と、妻が突然の衝撃発言。
それを聞いて私はとてもショックを受けました。その事実に気付けなかった自分にも。
同居すると決めた以上その時は言えなかったとか。両親にも別れて帰って来ても家には入れないからその覚悟を持て的な事を言われたそうです。
確かに私は出来た男ではありませんが、向こうのご両親からは信頼されてなかったようで。若い頃は荒れてた事もありましたから…
って、今もそう変わらんか…
情けない話です。
少し話は逸れましたが
「我慢が文化」「秘すれば花」
が美徳とされる日本人ですが、大事なことは言って欲しかった。
でも確かにうちの両親はなかなかにクセが強い。
父は「ザ・職人」タイプでよく言えば寡黙で無口で男は背中で語るタイプ。ですが気難しくすぐ拗ねてしまい、中身は子供のまま大きくなってしまったような人で、兄弟みんなして怒らせないように拗ねないように気を使いながら生活をしていた思い出があります。
理不尽な理由で包丁を突き付けられた事もあります。
母が用事で帰りが遅いと家の鍵を全て締めてしまうとか…
ネタはまだまだありますがキリがないのでこの辺で。
そんな父でしたが、自分の趣味をやるでもなく家族のため稼ぐべく仕事に全てを捧げるような人でした。
いや、仕事が趣味だったのかも。
世間様の前ではニコニコ。家ではムスっと。
嫁からすれば恐くてコミュニケーションの取りにくい人だったようです。
家の事には干渉しない父のせいもあってか、母はフルタイムの仕事をしながら家事と子育て全てを1人でこなすスーパーウーマンでした。
そのためか「母」としてのプライドが高く嫁の事は今でも「外から来たお客様」扱いになってしまっています。
「私が全てしてあげるから」
何をするにもやってあげようとする、少し「過干渉」気味な悪気のない優しさと善意の押し売りが嫁にはキツかったようです。
そんな両親はいつも顔を合わせると口げんかか耐えないのが日常。それが2人のコミュニケーションの取り方だったのかもしれませんが。
映画やドラマで見る「ザ・昭和の夫婦像」です。
とは言え家の中はあまり良い雰囲気ではありませんよね。
ですがもちろん、気持ち的には矛盾が生じますが両親にはとても感謝しています。育てて頂いた事にとても感謝しています。
(この「心の矛盾」が良くないんですけどね)
でも同居って難しいですね。両親が仕事を引退して常に家に居るようになってからは増してそう思うようになりました。
実は私も最近そんな両親との同居に限界を感じていました。父の事は「大嫌い」でしたが母には感謝していたので親孝行のため実家に残りましたが、嫁とあれこれ話をしていて思いきって家を出ようかと考えるようになりました。
私の家族にこれ以上奥様を巻き込む訳にはいきません。
ということで
「リフォームじゃなくて新しい土地で新築を」
を決意しました。
そんなに貯金もあるわけでもなく、働けるのもあと20年ちょっと。この先不安だらけですが「我慢」しながらの生活環境からおさらばします。
少しでも「心の矛盾」を減らすために。
というわけで、ここから長い長い新築マイホームプランがスタートしたのです。
こうやって身の上話を書いてみましたが、家族内の事ってなかなかに他人には伝わりにくいもの。
「それくらいどーってこないでしょ!」
「うちの両親もそれくらい当たり前だわ!」
なんて声も沢山聞きましたが、これは当事者じゃないと実際にはわからないと思います。
日頃健全なコミュニケーションがあってからなこそ成り立つ家族関係ですからね。
家族内の事は第3者にはなかなか見えないものなのです。
いわゆる「毒親」についてはまた別の話になるので、機会があればまたお話しようかと思います。