桜🌸から新緑🌱へ
日差しの明るさもあいまり
一層、新緑が眩しく感じます🌿✨

先週末のこと、関西で行われた
濃厚なツアーに参加して参りました。
いつも学びと氣づきと、愛が溢れています💗
思い返せばこのツアー
初めて参加したのは
四男の愛息子がまだお腹の中にいる時
ちょうど5年ほど前のこと。
『ニギハヤヒ』という方の名
誰とも知らないその方の名に
導かれるように参加したツアー
とある講演会で耳にした言葉
「一人、いいとこ1品、得意なことを持ちよったコミュニティづくり」
彗星探索家という肩書きを持つその方からの
思いがけない言葉。。。
その言葉にハートオープン🌈
私のこころは一氣に開かれた
嬉々として、尊敬するマスターに
その話をしたところ
マスター「その言葉、その人のけ言葉じゃないね。」
私 「えっ!?(ガックリ😭)」
マスター「それは"ニギハヤヒ"という人の言葉だよ。」
私 「ニギハヤヒ???」
という流れの中
「ニギハヤヒ」を探す旅が始まりました。
『ニギハヤヒ魂解放ツアー』となった
奈良の旅。
5年前に初めて参加した旅が
今の自分にも繋がっているように思う。
その旅で様々な場所を訪れ、そこで何を感じるか
自分の中で味わって下さいとのこと。
魂の過去を初めて知ることになった旅でもあった。
その時、ご一緒したツアーメンバーは
全員で22名。
最期のとき、場所や少しの時間の違いが
あれどニギハヤヒと共に
スサノヲの指揮のもと
オロチョン族に惨殺されたメンバーだった。
私はニギハヤヒの巫女をしていたとのことで
巫女だった何人かと、とある神社に連れて行かた。
そして、その神社の脇で等身大の穴に埋められたとのことだった。直立で足に重りの石をくくられ、身体にはいくつもの穴をあけられてそこから虫を入れられジワリジワリと生き埋められて死んでいった過去。
実際、ことを知らずにその神社を訪れたときに
足に重りがついたのかと思う程に
重たくて、重たくて、相当身体が疲れたのかと
思っていたのです。
ツアーの最後に訪れたニギハヤヒのお墓がある場所で、その経緯を聞くこととなったのでした。
その記憶は身体の反応としても、思い出されていたのだと、後から分かったのでした。
死を共にした22名、どの様に亡くなったのかを聞きながら時を経て
魂が解放された時でありました🙏
もちろん、その紐をときをして下さったのは
ニギハヤヒの母親であったクシナダヒメの
魂を持っていらっしゃる皇族の方と
尊敬するマスターでありました。
ツアーの最後にマスターが
「これからは、数秘でよくある
22という数に注目してみて下さい。大切な数字になりますよ。」
と仰いました。
私自身の生まれた日は、『22』日。
双子も『22』日生まれ。
そのツアーでお腹にいた子の
生年月日も何と『22』❗
そして、3歳を迎える末娘の
生まれた日も『22』日。
よくぞここまで『22』が
集まるものだと、今になり驚きです。
話は戻りますが、
ニギハヤヒの魂解放ツアーで一番私が
氣になっていたこと。
それはニギハヤヒの最期は、どうだったのか、さみしくなったかくるしくなかったか、ということばかり。
ニギハヤヒが引き連れていかれた山奥、
私たちはそれ以上うえには行かせてもらえない
けれどその時に見た(感じた)ニギハヤヒの表情は、
こちらを振り向きとても穏やかであったのです。
死が目の前にあり、これから惨殺されるというのにあの少し微笑むように振り向いたあのお顔は
ニギハヤヒという方そのものを物語る最期のお顔。
周りには穏やかに、安心感を与えるほどの
あの方の魂の美しさは忘れません。
悲しいけれど、安堵している私はおかしのかな…
と思ったほどでした。
今になり改めて、そんなことを思い出し
記そうと思ったのでした。
時を経て色々なことが
ヒモとかれ、解放される
のかもです

44名のメンバーがいざななわれたのでありました。
ツアー前日には、ツアーに関わる
神社とその神社にまつわる
神様のお名前やエネルギーについて
講義して下さりました。
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講演会で、女性性の大切な時代
特に『母性』に重きを置いた
ツアーになるとのお話でありました。
これまでのピラミッド社会が男性ならば
これからの女性・母性は平面社会を
開いていくことであるそうです。
「母性を感じながら、参ってみて下さい」と。
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きっとニギハヤヒの魂も
平らかな母性を持ち合わせた魂なのかな、
と思いながらのツアーでありました。
希望の光へと繋がる時代の節目。
私たちは、明るい未来にどんなバトンを渡していけるかな、と思いつつ
日々起こるさまざまなことに揺れてしまうこともありますが、それでも全ては幸いに繋がっていると、享受していきたいと、小さな私ですが精進中なのです。