友人の父親
友人の祖母
友人の母親
わずか1ヶ月もしない間に、大切な友人の不幸が続いた。
お通夜に行かせていただき、安らかな顔を見る
僕自身の肉親の葬儀を思い出す
友人は悲しむ暇も無いのというが、僕には悲しむ事を一時的に回路を切断しているように思える。
それも紙一重に不安定な心を持ちながら。
いつも思う事がある
死して尚、教えられる
人が産まれる時にも莫大なエネルギーがかかっている
人が死ぬ時にも莫大なエネルギーがかかっている
普段、分からないだけで生きてる今も莫大なエネルギーが動いているんだろうな
「今」に学べるようになろう