どーも、ご無沙汰しております。

 前回、韓国から帰国した写真を載せておきながら、韓国の写真を全く載せることなく今日になってしまいました………😢

 まぁ、もう、面倒だから載せる気はないんですけどね………笑い泣き

    さて、わたくしがここに書く時は、何かの節目である時が最近の傾向だったりするのですが………


                   今回も節目でございます 

                            勤続10年

 先々月、職場の本部に行きましてね、表彰されて来ました。照れ     

                           10年表彰………  

 実は、10年表彰されるのは、これで2回目であります。

    1回目は確か15年位前だったと思います。

 当時、21歳で社会人になり、ただひたすらに、がむしゃらに、脇目もふらず、前だけを見て、深く考えることもなく、目の前のハードルだけを飛び越え続けたら10年でした。

  まぁ、それから程なくして潰されて辞める羽目にあいましたが………

  怨みを抱きながらも、もう一度再スタートしたくて、当時の「相方」と日本をほぼ1週しました。

   でも、そこから約1年半の間、再スタートとはならなくて、当時の蓄えと「相方」を失いました。

  そして、いよいよ無一文になる寸前、今の仕事の試験を受けました。
  もし、不採用だったら、住んでるアパートを引き払って、迷惑を承知の上で実家に帰るつもりでした。  

            でも、そうはなりませんでした。  

                首の皮、1枚繋がりました。


  だだ当時、年齢も30の中盤だったし、ここに至るまで精神的に相当疲弊していたので、この職場が最期の職場にるだろう……… 

   職を探す気力が完全に0になったと思ったわたくしは、拾ってもらった恩を感じていたのも  あったので、それ相応の覚悟で働く決心をしました。  

    自分にとっては、恵まれた職場であったと思っています。

                       そして、10年………


  その間に、実は、こんな事も思っていました。
   





 
                       突然ですが……… 

   
      これ、懐かしいと思う人いますかね??

  これ、今でも使っていましてね、もう、かれこれ20年近くは経ちますかねぇ……… 

  わたくしが1番辛い時期を過ごしていた時、これがきっかけで知り合った人達は、自分にとってはホントに支えでありました。

   この縁がもし無かったら、わたくしは1人で奮闘して、また潰れていたと思います。
    
    中には家族ぐるみで親しくしてくれた方もいたりてしね、その子供達もね、こんな歳の離れたオッサンと遊んでくれたりして………

                  ホントに感謝、感謝です 

    この仕事が軌道に乗ってからも、お付き合いは続いて、皆様に会うべく、色々な所に行きました。 



                   時には新幹線に乗り………

                   時には飛行機に乗り……… 



                              そんな中………


   実は、この仕事をするようになった1年目から2年目にかけて、こんな事を思うようになりました。

「この先、この縁はどうなっていくんだろうか??」

「この子供達が成長していった時、自分の存在は何なんだろうか??」

「また、この家族にとっても自分の存在は何なんだろうか??」

       そして、そんな家族を見ていたら………

       「自分にもこんな未来があるのか?」

「そもそも、こんな未来を描いていいのか?」


   それは、今まで考えもしなかった事でした。

   いや、「考えが及ばなかった」と言った方がいいのか??

   何かね、今まで歩んで来た1本の道のりに対して「このまま、これでいいのか??」と………

    そんな気がするようになっちったんですわ

   でも、そんな事を考えるようになったある日、この縁で知り合った愛知県に住んでいる「あるお方」が、こんな言葉をくれたんです。




「お前は、幸せになってもいいんだ………」



                     何でしょうね………??

     何かが剥がれ落ちた様な気がしましたね。

   ちなみに、「このお方」は、これ以外でもきっかけをくれたりしてね、例えば、最初の会社を辞めた時も「このお方」でした。

  そして、この時もきっかけをくれたんです。

                   だから、決めました。

   オレは、オレの手で、オレだけの道を新たに切り開いて、オレだけで進もうと。

  そして、子供達が大きくなって、いつになるか分からないけど、切り開いた先で、またお会いしましょうと………。

                    そう思っていました。






             10年が経って………。

   
   わたくしは、歳を10歳重ねて今年で46歳になります。

               つまり、あの時の子供達は………

  中学生は社会人になり、小学生は高校生や中学生になり、「バブー」と言っていた👶は、小学生なり………

       思わず、しみじみしてしまいます………



  さて、この10年でわたくしの環境も劇的に変わりました。

  1年目、当時納める事が出来なかった年金を全額納める等、当時の負の部分を解決して、2年目はちょっだけ偉くなってお手当てがつき、3年目には契約社員から正社員になれました



   そして4年目、思いもよらない歯車が回り始めました。  
             

             1人暮らしたが2人暮らしに………

  とりあえず、これはお互いの実家を驚かせました。まぁ、理由は色々あるのですが、1番は    
 
                        「小学校の同級生」

 さらに、「1年生から4年生まで同じクラス」

 また、 当時お互いの家もそんなに遠くなく、お互いの兄弟姉妹も同級生なもんだから、母親同士も顔見知り………

 5年生になって、クラスが別れ、卒業後は引っ越しがあってバラバラになり、それから音信不通になること26年………

                    突然の2人暮らし………

       
         齢四十を前に、何とかゴールイン花束

   子供はいませんが、とても懐いてくれているかわいい姪がいます。

                      義父に義母に義姉………

                     そして、カミさん………

  お陰で、ゴンからダンナになれました。

    いや、ダンナにしてくれた………と言った方がいいかな………


 「人生、山あり谷あり」なんて言葉をよく聞きますが、「人生、山と谷だけ」だと思います。 

         平地なんて、どこにもありません(笑)

  でも、そんな山と谷だけの道をゴンはダンナとして2人で歩んでます。

            これからも、そうしていきます。







                    あっ!そうそう!!

    4年目で思わぬ歯車が………何て書きましたが、もっと正格に言うと、歯車が回り始めたのはもっと前なんですよねぇ………

                     日本ほぼ1週の旅

  あの旅で、愛知県の「あるお方」の家に寄った時なんですよねぇ………。

  あの当時、mixiなるものがありまして、招待してもらってmixiを始めた訳なんですが、その時に「コミュニティ」と言うものを教えてくれましてね、「あるお方」は、わたくしの小学校の「コミュニティ」を見せてくれた訳ですよ。

      もう!!衝撃的だったんですよ!!!

                   管理職の名前が!!!


     その小学校のコミュニティの管理人が

 今は、ダンナのカミさんですから!!



                まぁ、そう言う訳ですよ。

 あと時、mixiに招待されなかったら、愛知県に寄らなかったら、日本ほぼ1週の旅をしてなかったら………

              こうはなってないでしょうね

         少なからず「あるお方」のお陰です。

                     どうもありがとう❤️