2011年8月9日(火) 暗くてよく分らんが多分
のは
先月19日以来の更新でございます。最近は「ピグライフ」にハマってしまい、更新を完全にサボってしまいました。
えぇ~、大変申し訳ない!!m(_ _ )m
………とは、全く思っておりませんで、これから先もこんな状況が続くと思って下さいませ………(^_^;)
だって、ピグライフが面白いんだもん………(笑)
こんばんは
、ゴンザシャーミンです![]()
えぇ~、お題にも書きましたが、これが最後の呟きです。
実は最近、何年か振りに「ある人」から電話
がありました。
その人は、自分が社会人になって最初に入社した会社の人で、全く職場に馴染めていなかった自分に釣りを教えてくれた3つ年上の先輩でして、大変お世話になった数少ない貴重な(苦笑)お方です。
まぁ、当時自分が車を持っていた事もありましてね、その車で色々な所へ行っては釣りをしていたのであります。
ただ、最初は自分がお目当てではなく、自分が乗っていた車がお目当てだったようでしたが、でも、それがきっかけで自分に初めて「趣味」と呼べるものが出来ましてね、また、そこから何人かとも親しくなりましてね、毎年夏季休暇の時はつるんで遠征なんかをしていた訳であります。
ここ数年は年賀状が来たり来なかったりで直接連絡らしいものは全くなかったのでね、電話があった時はさすがに嬉しかったですね![]()
………で、その最初に努めたその会社ですが、約10年務めて辞めました。同じ会社に10年務めるという事は今のご時世ではどうなのか、何とも言えないところがあるかもしれませんが、あの当時、自分が退職するなんて事はまずないと思っていましたね。
それは多分、その仕事が生活の一部であったからであって、1日の流れの中の1つとしてその「仕事」があったからではないかと言う気がしています。
まぁ、つまり視点を変えると「仕事」と言うモノに対して何の意識も考えも無かったと言うことだったのかなぁ………と、思います。
数ずくないお世話になった人達を除いて、仕事にも一緒にいる職場の人達とも馴染めていないのに、何故か約10年務める事が出来た事は、お世話になった人がいたとしても、何か違和感を覚えてしまいます。
特に、辞めた今となっては尚更ですかねぇ………
ちなみに、自分が職場に違和感を覚えたのは8年目くらいでしたかねぇ……
入社してから3年半の時に、職場が東京から神奈川に変わりました。そして、仕事の内容もガラリと変わりました。そこは、とにかく忙しくて人が足りない所でしてね、1カ月の超過勤務が平均で80時間~90時間で、時には100時間を超えることもありました。
「忙しくて人が足りない」
正確には「人が足りなくて忙しい」というべきでしょうかねぇ………
何故、人が足りないか?
入ってもすぐに辞めてしまう人が多いからでした。
また、新しく雇ったとしても、雇った人数以上の人が辞めていくと言う状況でもありました。
結果、人は足りないのに仕事だけは増えていく………
残った人は休みもなく働きづめになる………
でも、それが当たり前になってしまっている………
「ウチはそういう会社だ」「ウチはそういう仕事だ」
おかしい事をおかしいとも思わないのだから、いつまで経っても何も変わらない。
この状況に違和感を覚えるまで8年………
まぁ、でも気づくはずもない訳ですよ。
だって、その「仕事」に対して何の意識も考えも無かった訳ですから………
まぁ~、上の人間からすればさぞかし使いやすかった(利用し易かった)でしょうねぇ………こう言う人間は………
でも、8年かかったとは言え、気づいてしまった以上はもうダメでしたね。
当時、8年もいるとそこそこ仕事も一通り出来るようになっていましてね、後輩もそこそこいて、上からの視線も厳しい中で休みもなく働いて、そこそこ結果を出し始めて、給料も上がってきたのに………
そのもらっていた給料に対して何の有難味も感じなくなっていたのです。
ちなみに、平均ですが、手取りで今の給料よりも+10万はありました。
でも、嬉しくない………
評価されて上がったにも係らず、嬉しくない………
何でか?
もらった給料を使う暇がないから………。
家と会社を往復して、朝早くから深夜まで働いて、沢山給料をもらう………。
ただ、それだけ。
つまり、自分はそれだけの人間でしかなかった訳ですねぇ………
そりゃあ、例えば家族がいるとか、養う人がいるとか、守るべき人がいるという事であれば、事情は変わるかと思います。でも、自分はそうではない訳です………
つまり、自分は何も持っていない人間だった………
金やモノやあっても、「人」や「中身」は何もない………
高校の時から「1人」だった自分のこれが限界でしたねぇ………
そして、自分が自分辞めるきっかけとなった事件(事故)が起こりました。
当時、「班長」と言う位置にいて、部下も十数人いたのですが、夜、仕事を終えて会社に帰って来ると、その部下の1人が「解約」になり兼ねない程のミスを起こしましてね、「班長」である自分はそのあと処理をする羽目になったのであります。
その部下と一緒に上司と説教され、あと処理が終わったのが、午前3時30分でした。
しかし、その日の仕事は午前4時30分からでした。
もう少し正確にいうと、午前4時30分には会社を出なければいけません。
だから、午前4時00分には準備をしていました。
睡眠時間は30分
眠くない訳がない中、仕事はスタートしました。
午前中は乗り切ったものの、昼休憩も殆どなく午後がスタートして………
事件(事故)は起こりました。
「片倉町」と言う所がありましてね、そこの交差点で、自分はハンドルを握り、アクセルを踏んで70キロだした状態で記憶を飛ばし、そのまま中央分離帯のガードレールに突っ込みました。車はガードレールに突き刺さり大破して、助手席にいたヤツは右腕を骨折して病院送りとなりました。
自分は無傷で何ともなし。事故も単独でした。でも、あの時交差点に歩行者がいて、ガードレールではなく、前の車に突っ込んでいたら………
自分は、あの時の事をこう思っています。
人一人(下手したら複数人)殺しかけて、自分も殺されかけた、と………
会社に戻り、報告をして言われた言葉は………
「お前はそれでも班長か!」
それからと言うもの、自分への風当たりは酷くなり、その度に「お前は班長か!」と言われ続け、次第に精神的の追い込まれていきました。
そして、トドメが………
ある日の早朝、突然、動けないほどの腹痛に襲われ、どうにもならず会社に電話したところ「ふざけるな!お前はそれでも班長か!!」と言われましてね………
ついに無断欠勤しました。
あの会社にいたら殺される
真剣にそう思いましたね
そして、退職して全てを壊しました。
あれから、7年が過ぎましたが、今でもトラウマと言いますかねぇ………
実は、今の仕事でたまに応援でその「片倉町」に行くことがあるんですよ。実は応援に行き始めた当初なんですがね、片倉町から歩いて行けるところにその会社の拠点がありましてね、朝でも晩でもそうなのですが、見掛けるんですよね、その会社の知っている顔を………。
勿論、自分からは声なんて掛けません。でも、何人かは気づいています。チラチラとこっちを見たり、中にはガン見するヤツもいました。今では頻繁にではないのですが、それでもやっぱりそいつらを見ると、極たまに思ってしまう事があります。
殺してぇ
そして、怒りと憎しみと悔しさにのまれます。
う~ん、7年も経っているのにねぇ………
今の仕事になって、沢山の人達と出会い、やっと「人に恵まれた職場」にたどり着いて、失った沢山のモノを取戻しつつあるのに、それでも消えない訳でしてねぇ………
いや、まぁ~、過去が消える訳でもないのですが………
ただ、だからこそここで出会った人達は大切にしたい。
もう、自分にとってはここが最期の職場ですから………
もし、ここを失ったら、もう次はないですね。
この職場にいるとね、よく「いいねぇ~まだ若くてぇ~♪」な~んて言われるんですがねぇ………
若くないし………
ちっとも若くないから………
今の職場の試験を受けた時、もし落ちたら全てを手放して、アパートも引き払って、無一文で実家に帰るつもりでした。
ホントに破産直前でした。
だから、そうなるのが嫌だったから必死でしたね。全てを賭けましたね。心身共に擦り減らして結果を待ちましたよ………。
まぁ、結果は受かりましたが………
もし、落ちていたら、もう立ち直れていなかったかも知れませんねぇ………
今もそうなんですが、もしこの職場を失うことがあったとして、再就職しようと思っても、無理ですね。
………って言うか、探す気力も体力がもう無いですね………
ここに、全てを賭けちゃったから………
まぁ、この先も何が起こるか分りませんが、必要以上に気負わず、必要以上に真面目にならず、必要以上にだらけないようにしながら「みんなで」やっていく。
これが今のスタイルです。
過去の経験から見出した自分なりのスタイルです。
ユルイようでユルクない、ユルクないようでユルイ???
まぁ、そんな絶妙な所でやっていきますよ![]()
えぇ~、またまたつぶやくと言うには程遠い長さですが、これでつぶやきは終わりです。
色々書きましたが、書いておきたかったので書きました。
では、本日はこの辺で………![]()
あぁ~、長かった………