2010年4月21日(水)くもり/晴れ


             こんばんはパー、ゴンザシャーミンですナゾの人


 えぇ~、先日に「沖縄ネタ」がやっと完成しまして、最終日に「ある心境に至った」的な事を書きましたが、ここでそれを1つ書きたいと思います。


         ある心境とは「今後、1人旅はもうしない」と言う事です。


                  何故、こう思ったか?


          今まで、ゴンザは色々な所を旅をした参りました。


 初めてした本格的な1人旅は今から7年前の2003年で、その時は山陰地方と北九州(島根→山口→大分→福岡→佐賀)でした。この時、ゴンザは初めて本州を脱出しまして、また、初めて飛行機に乗りまして(福岡→羽田)、こんな便利な乗り物をどうして敬遠していたのかと軽く後悔し同時に味を占めました。

 これより前にも旅をしてはいましたが、そんな「旅」と言う自覚は無く、のめり込んでもいませんでしたので、この2003年の旅は、色々な可能性を知ったと言う事と、またこの旅からエスカレートしていったと言う事で1人旅の原点と言ってもいいでしょう。

 

 その翌年の2004年は初めて四国に上陸しました。この時は行きは寝台特急で帰りは飛行機と言う事で、四国にほぼ日帰りで行ける事を知りました。また、1泊2日でありましたが、この年初めて北海道にも行きました。この時の目的は、相方CT9Aに乗っていたと言う事もあってWRCを見る事でした。


 さらに2005年、今まで人生の中で1番最悪な年ではありましたが、それでも1人旅はエスカレートしました。初めてCT9Aと本格的な遠征をしまして、岐阜の世界遺産である白川郷と富山に初めて行きました。この時見た「立山黒部アルペンルート」の景色は、今までにない衝撃を受けまして、そのお陰で今でもゴンザの中ではNO.1の場所です。そして、2度目の北海道でまたWRCをセレモニースタートからゴールまで全て見まして、あまりに劇的な展開に驚かされました。


 2006年は自分の人生の舵を大きく曲げた年でした。この年、神戸空港が出来たので、「じゃあ、本格的に兵庫を周ろうか?」と言う事で行きは渋谷から「深夜バス」で姫路に行きまして、世界遺産である「姫路城」に始まり、明石からフェリーに乗って淡路島に行き、さらに阪神甲子園球場を眺め、三宮で神戸牛を食い、神戸空港から飛行機で帰ると言うほぼ日帰りの旅で始まりました。そして、大きく舵を曲げた出来事である「11年勤めた会社を退職」しまして、その退職金と辞めてありあまった時間を使って「今このタイミングだから出来る事をやろう」と言う事で、10月4日から29日間かけて北海道から九州までを相方CT9Aと共に周ると言う「日本ほぼ1周の旅」をしました。これは今までの中で1番デカイ旅であり、また2度と出来ない旅をしました。


 2007年は退職して仕事が中々決まらず、今までのような資金にモノを言わせた生活は出来なくなったので、旅はしませんでしたが、2008年は、自分の人生の舵をまた曲げる決意をしました。まず、7年連れ添った相方CT9Aを手放しました。そして、どうしても行っておきたい場所がありました。「日本ほぼ1周の旅」で行けなかった「沖縄」です。これで、ゴンザは47都道府県全てを制覇しました。


 そして2009年、2度目の転職で新たな仕事を得まして、何とか生活も上向き始め、また、いい職場に恵まれまして徐々に「ある考え」が芽生え始めました。そんな中、また沖縄(石垣島・宮古島)に行きましてね、その考えが相当自分の中を占めました。「もう、やり尽くしたなぁ」「もう1人で出来る事は無いなぁ」と言う事です。


 実は「もう、やり尽くしたなぁ」と言うのは、過去の旅でも何度かありました。でも、また新たにやりたい事が浮かんでしまい、あっけなく撤回みたいな感じだったのです。


 でも、今回ばかりは違います。今年2010年3月ゴンザは1人で愛知に行って来ました。どうしても会いたい5人がいて、どうしても「伝えたい事」があって、そして、これで最後にしようと思ったからです。


 2月・3月と「沖縄ネタ」を書くという名目で休みましたが、その間に色々と考えたり、色々な心境に至りました。その中の1つがコレという事です。


    どうして今まで1人旅をしてきたのか?どうして1人だったのか?


           最近になって自分なりに思う事があります。


          でも、もう眠いので本日はこの辺で失礼します。