その1からの続き
さて、登山者の渋滞にやさぐれ
、その様子を恨めしそうに眺めるわたくし
でございましたが…………
そんなわたくしの目の前をとある親子がやってまいりましてね、お父さんと男の子だった訳ですが、男の子の方がですね………背格好が小学校の5・6年生と言った感じでしてね………でも、よく見るともう半ベソ状態でホント苦しそうな訳ですよ(_ _。)
「あぁ、高山病にかかっているなぁ………」と思いましたね。
でもですね、その男の子はお父さんに後ろから励まされながら必死に前に進んでいた訳ですよ。それを見た時にですね、わたくし23年前の光景が頭に浮かんだんですよ。
あの時、わたくしも高山病にかかりまして、とにかく吐き気が辛くて、もう号泣した訳ですよ………。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
その結果、親父は山頂目前で下山を決断しましてね、それ以降、今日まで富士山に来る事はありませんでした。
あの男の子を見た時、わたくしは思いました。
「あの時、どんなに辛くても我慢して登っていたら………」
そう思ったら、やさぐれている場合じゃあなくなりましたね。今、どうして自分がここにいるのか?あの親子を見た時、自然と立ち上がった自分がいました。リュックを背負い、杖を持って再び渋滞の列に加わりました。
8.5合目で焼印を押してもらってから2時間20分、やっとの事で渋滞を抜けると、目の前には鳥居がありました。この鳥居をくぐると、そこは23年前に見ることが出来なかった山頂であります。
渋滞の列に加わってからここまでの間、わたくしの頭の中を色々な事がよぎりました。23年前の事、今まで歩んできた34年間、ささやかな成功とそれを遥かに上回る挫折、そして、これから先の自分………、もうどうにもならない頭痛とめまいがトドメを刺しましてね、わたくし、ここまで来てホントいつ以来でしょうか?
涙が出てきましたね(ノω・、)
いや、ホント泣きましたよ………。実は、23年前のあの出来事が、そのまま今の自分に跳ね返って来たように思えていたのでね………。だから、どうしてもやり遂げたかったんですよ………。そして、その瞬間がついにきたという訳です。
前日の午後23時00分に5合目を出発してから8時間30分後の午前7時30分
バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!\(。>0<。)/
やり遂げました………(iДi)あの日、家族で立つ事が出来なかった場所に、わたくし1人ではありますが、ついに立つ事が出来ました!![]()
いやいや、コレはですねぇ………2年前に相方と一緒に沖縄以外の県全てを制覇した「日本ほぼ1周の旅」以上の嬉しさであります。
自分の体力と気力だけで、自分の足で、頭痛とめまいと戦いながらやり遂げた分、まさか、これほどまでの達成感を味わう事になろうとは………
(ノ_・。)「いやぁ~………来て良かったなぁ……………」ホント思いました。
さて、山頂に着いたわたくしは、しばらく感慨に浸った後、やるべき事をやる事にしました。その内の1つが焼印です。
2本の金剛杖に焼印を「ジュッ!」と押してもらいましたよ。これで、8.5合目の焼印と合わせて山梨県側の登山口から押せる焼印は、23年かかって全て押しました。これこそ、まさしく山頂に来た証、これで心置きなく親に帰ったら渡す事が出来ます。
そして、もう1つやるべき事は「お鉢巡り」といいまして、つまり富士山の山頂である火口をグルッと1周するというものです。全行程は3キロ程で所要時間は大体1時間30分程であると、モノの本やHPには書いてありますが………
ここまでで体力はすでに限界をむかえておりまして、頭痛とめまいは更に酷くなる一方………しかし、どうしても行きたい場所があったのです。
それが、この「剣が峰」でございます。実は山頂は思いの他凸凹しておりまして、ここは山頂の中でも1番凸っとした所でございます。つまりですね、ここが山頂の中の山頂でありまして、標高3776メートルと言うのはここだけなのであります。この剣が峰には、今は使われていないかつての富士山観測所がありまして、更に、「日本最高到達点」の碑があります。やっぱりねぇ………、コレは見たいでしょう………
わたくしはねぇ、真のゴールはここだと思うのであります。よって、残りの体力全てを使ってここを目指しました。
しかし、この剣が峰はですね、登ってきた山梨県側とはちょうど対角線上にありましてね、つまり行く為には火口を半周しなければならない訳ですよ。更に、また戻ればですね、結果的に1周しなければならないと言う訳です。
山頂に来るまでに涙を流すほど苦労して、やっとの思いで来た山頂でまた苦労すると言うねぇ………
もうねぇ………坂を上る体力なんて残っていませんよ……
ちょっと歩いては休み、またちょっと歩いては休み、いやぁ~ホント体力は限界でしたね………(°д°;)
しかし、それでも歩くこと20分、なんとか富士山観測所の下までやってまいりました。しかし、ここでもまた行列が………![]()
まぁ~でもコレはねぇ………みんな考える事は同じという事ですよ………。わたくしだってこの為にここまで来たのです。勿論、行列に並びましたよ………
そして、これが剣が峰の1番上でございます。ここが標高3776メートルです!ここより高い場所は日本全国どこを探してもありません!つまり………
ヾ(@^O^@)ノゴ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ル!
であります![]()
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o(〃^▽^〃)oやったぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♪
そして、コレが日本一高い場所から撮った風景であります。見事な雲海でございました。ちなみに、もし、この雲海がなかったら、静岡県側から見える景色は丸々駿河湾が見え、東の方角には相模湾から東京湾、そして房総半島まで、日本地図の形そのものが見えるそうであります。
う~ん、それはそれで見たかったが、こればっかりはお天気とのめぐり合わせだしなぁ………贅沢は言えませんな。
さぁ!見るものも見て、撮るもの撮って、思い残す事はないわたくしは剣が峰を後にして山梨県側の登山口に戻る事にしました。
その途中で、一家4人で登ってきた家族とすれ違いました。2人の子供達は、わたくしの23年前よりも小さいように感じましたね。後々、この家族にとってこの日の出来事がいい思い出になればなぁ………と思いました。
結局、正反対にある剣が峰まで行き、また元の場所に戻ってくるまで3時間近くかかってしまいました。さすがにもう限界でございました………。しばらく座って休みたい
………そんな心境でございました。
それにしてもこうして見ると、山梨県側の山小屋がチベットのどこぞの集落のように見えてしまったのは、わたくしだけでしょうか??
山小屋の前にある大きなベンチに座りまして、しばらく雲海を眺め、少しウトウトして(@ ̄ρ ̄@)zzzz時計を見ると、時刻は午前11時30分でした。すでに山頂に4時間ほど滞在してしまいました。
あの日から23年かかってしまいましたが、ついにやり遂げました。やるべき事も全てやりました。心残りは何1つありません。
わたくしは、下山する事にしました。さすがに、頭痛とめまいからいい加減開放されたかったので、登り始めた時と比べると幾らか軽くなったリュックを背負い、大切な2本の金剛杖を持って、駐車場のある5合目へと戻る事にしました。
さて、5合目へと戻る下りの道でありますが、これは、登りの道とは全く別の道を通ります。「砂走り」と言いまして、道は完全に砂であります。一切ゴツゴツも凸凹もしていません。なんと、小走りしながらガンガン下れてしまいます。非常に砂まみれになりますが、これがまた楽しい訳ですねぇ………![]()
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あの、登りの道は何だったんだ?とさえ思える程でしたね(笑)
途中、まだ溶けていない雪を発見しました。いやぁ~7月の下旬で夏真っ盛りだと言うのに雪をさわるとはねぇ………やっぱり、今いる場所はタダの場所ではない事を改めて実感しましたね。
午前11時50分、山頂から20分でご来光を見た場所まで来ました。行きはここから山頂まで2時間以上かかったのに、帰りはたった20分でここまで来てしまいました………
いやいや、砂走り恐るべし………∑(-x-;)
さて、ここから先の下山道は2つに分岐しています。1つは須走り口と言う静岡県側に向かう道、もう1つはわたくしが登ってきた山梨県側に向かう道です。
勿論、わたくしが向かうのは山梨県側でございます。間違っても反対に行ってはいけません!
とんでもないことになります!!
もう一度登って戻らなければならないからです!!!
こんな所で笑いをとる必要は一切ありません!!!!
誰も笑いませんから!!!!!
………と、言う訳でわたくしは山梨県側の道をひたすら進むのでありました。
午後1時20分、なんと2時間かからずに6合目の登りと下りの分岐点に到着しました。まさか、こんなに早く下ってこれるとは………正直、驚きましたねΣ(・ω・ノ)ノ!
昨日の深夜に来た時とはまた違う光景でしたね。昼間の方が深夜より暇なようでしたねぇ………。登山者に色々な富士山に関する提供している「富士山安全指導センター」のおじさんも深夜に比べれば暇そうでしたね………。
さぁ!ここから先は道は登りも下りも一緒の道となりまして、ここまで来れば5合目はもう近くです!!ゴンザの富士登山リベンジもついにフィナーレでございます。 色々な偶然が重なり、その結果、自分でも予想できない心境の変化が起こり、今では、2本の杖を持った満足感に満たされた1人の34歳の男が、駐車場へと向かっている訳であります。改めて、不思議なモノですねぇ………Σ\( ̄ー ̄;)
そして、午後2時00分、5合目に戻りまして、ゴンザ34歳の1つの挑戦が終わりました。
上を見ると富士山は雲で見えなくなっていました。
さて、今回のこの挑戦でゴンザは何をしたかったのか?色々、思うところはありましたが、23年前にやりかけて放置した事を最後までやり遂げたという事実が残りまして、これが果たして今後のゴンザにどう係わっていくのでしょうか?何も変わらないかも知れませんが、変えようと思ってやった事は事実であります。そして、結果を残しました。
現時点で、ゴンザが得たものは、3連休の最後の日、夕方実家に行きまして、23年前に途切れた焼印を全て押した杖を母親に渡した時の、母親の嬉しそうな顔でございます。
「これ持って登った気分になるんだ…………」
な~んて言ってましたなぁ……………(笑)
まぁ、わたくしもそんな母を見まして、嬉しゅうございましたよ(笑)
さぁ!これで今年やりたい事4つの内2つは達成しました。残るは2つ、果たしてどうなる事やら……(´▽`)
………て言うか、何をするつもりなのか?
1つは前々から言っている沖縄、問題はもう1つですな……………( ̄_ ̄ i)
勿論、今はまだ教えません。いずれ、その時が来ればご報告いたします。
では、今回はこれにて終了でございます。
富士登山リベンジ ~おしまい~



