2008年7月19日(土)・20日(日) 天気2日間とも![]()
さぁ!前週の新幹線0系編
からたった1週間、今年2008年で1番のイベントであり34歳にして最大の自分への挑戦の日がやって来ました。![]()
23年前に果たせなかった想いと、悔しさと、その他今の自分を色々担いで挑もうと決意した訳でありますが………
その日の朝は寝坊から始まりましたΣ(~∀~||;)
………と、言いますのはですね………予定では朝8時にレンタカー屋に行って、車を借りて、一旦家に戻って、荷物を積んで、さぁ!出発!!と、いう予定だったのですが………
目が覚めたのが8時でした………Σ\( ̄ー ̄;)
まぁねぇ………わたくし、いつも何気にこういう事をするんですよ………ただ、今日だけはやるまい!と思っていたのに………![]()
まぁ~いいか………これはこれである意味予定通りだ………)`ε´(
レンタカー屋は最寄の駅前にもあるのですが、あえて隣の駅の近くにあるレンタカー屋で借りました。理由は、返した後、実家に直行するからです。そう、8合目から先の焼印を押した杖を渡す為に………
家に戻り、荷物を積み込み、家の野暮用(主に洗濯物)を片付けまして、午前9時30分、いざ!出発でございます!!![]()
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道は、国道246号線を厚木方面に向かい、国道412号線に反れ相模湖方面へ行き、更に山中湖へと繋がる国道413号線に反れて、あとはひたすら道沿いに走りました。
途中、渋滞が少々ありましたが、約3時間程で山中湖に到着しました。そして、しばらく湖沿い走り、まずは富士山に宣戦布告!( ̄へ  ̄ 凸………ではなく、ご挨拶をしようと言う事で車が止められる場所を見つけ停車しましたが………
見ねぇーし………( ̄^ ̄)
宣戦布告!………ではなくて、ご挨拶を諦めまして、途中のコンビニで昼メシを食い、富士山の登山口がある富士スバルラインを目指しました。
さて、富士山の登山道は幾つかありますが、今回使う登山道は、山梨県側の河口湖口側です。頂上まで最短で行こうとすると、静岡県側にある富士宮口と言うのが1番近いのですが、この登山道は、方角上ご来光が見やすいと言う事もあり、1番人気がありまして、利用者も1番多いと言われております。ちなみに、23年前もここから登りました。
料金所の前にオジさんがいまして、通る車にチラシを配っておりました。どうやら、5合目の駐車場待ちの車で早くも渋滞しているとの事でした。最悪、5合目よりも下の駐車場に止めさせられ、シャトルバスに乗せられる可能性があるとの事でした。
まぁ、ただこれは事前に分かりきっていた事なので、特に気にはなりませんでした。シーズン中の富士山の人の多さは半端ではない事は、すでにPCのHPで調べてあったし、どの道行かなければならない訳なので「あっそ…(-з-)」と言った感じでしたねぇ……。
途中、2合目あたりの駐車スペースでやっと、「ヤツ」の姿を拝む事が出来ました。
なんと、まだ雪が残っていましたねぇ………。まぁ、これで改めて「ヤツ」に対してご挨拶を……ではなく宣戦布告( ̄へ  ̄ 凸をさせて頂きました!
「見てろよぉ~!頂上でガンガン踏みつけて標高を低くしてやるからな!」
まさにリベンジ、盛り上がってまいりました?………![]()
さて、料金所で言っていた渋滞情報は、5合目の駐車場から2キロ手前で始まりました。まぁ~、ホント動きませんでしたなぁ………。道路は片側一車線道路なのですが、駐車場に入りきらなかった車が何台我慢出来ずに途中で路駐をしてしまう訳ですよ。そうするとですね、ここは路線バスや観光バスと言った大型車両が頻繁に通りますのでね、そうなると片側交互通行になってしまう訳ですねぇ………。
とは言え、わたくしはどの道駐車場まで行かなければならない訳ですし、登るのは夜中ですから、仮にここで何時間待とうが関係ないといった感じでございましたね。とりあえず、車も流れず、やる事もなかったので写真を撮っていました。
渋滞を待つ間、明日あの天辺に立つ事を想像してニヤニヤ(´∀`)していましたよ![]()
しかし、あまりの流れの悪さには困りましたね。結局、5合目の駐車場に着いた時には午後3時を回っていました。一体、あの2キロごときで何分かかったのやら………(-""-;)
とりあえず、着いた所ですぐに準備に取り掛かりました。服装を登山仕様に変えましてね、更に荷物が入ったリュックを実はこの時初めて背負ったんですねぇ………。まぁ、背負った感想としては「肩が痛い」と言う事でしょうか………(苦笑)
さて、これが河口湖側の5合目です。まさしく、登山口への玄関と言いますか拠点でございます。なんと言っても車で来れる限界点でございます。登山をする人からタダ来た人から眠そうなお馬さん
まで、まぁ~賑やかな所でございました。大体、ツアーで来た人達と言うのは、この時間から登り始めましてね、ガイドさんに連れられて途中の山小屋で1泊して………見たいな流れでございますよ。
まぁ、わたくしは1人ですし、気ままに登らせてもらいますがねぇ………。
さて、広場で団体さん方が………
「頑張るぞぉ~!」
「おぉ~~!!!」
………見たいな気合を入れたり、登山口の前で記念撮影をしたりしている中、わたくしは、撮影もそこそこ済ませて、まずはウォーミングアップをしようと言う事で6合目まで向かう事にしました。
5合目から6合目までは、途中まではほぼ平坦です。ただ、道は砂の為、ちょっと足をとられます。そして、本格的な登りが吉田口との分岐点から始まります。
ちなみに、 5合目から7合目にかけてはお馬さん
も通るので、油断していると「地雷
」を踏みます。
また、ガイドブックだと所要時間は約45分と書いてあります。まぁ、ただこの時間内に行こうが行けまいがどうでもいいのですが………( ̄^ ̄)
実は出発間際、団体さんを先導するガイドさんが御一行さんに対してこんな事をアドバイスしていました。
「歩く歩幅は自分の靴の大きさを目安にしましょう。」
わたくし、このこの言葉をたまたま横で聞いてしまいまして
、「いい事を聞いたなぁ……(´∀`)」と思いましたね。今まで、自分のペースで歩いて登ってきたものの、それでも膝に激痛が起こるのを防げませんでしたから、これはきっかけになると思いましてね、早速実践させてもらいました。![]()
歩き始めて約30分といったところでしょうか、午後4時00分、6合目にあります「富士山安全指導センター」と言うところに到着しました。ここで、標高は2390メートルといった感じございます。ここでは、この先山頂を目指す登山者に、山頂の気温・天気は勿論、登山道が現在どんなじょうたいか?等、色々な情報を提供してくれる非常に有難いところでございます。
なんでも、夜中は登山者で渋滞するとか…………
まぁ、実際は見てからのお楽しみですな………。
そして、この「安全指導センター」から少し上に行きますと、ここからはまさに「登山」の「と」が始まると言った感じでございます。もう、すでにこの段階で登っている方々はどッかしらの山小屋で1泊しようと言う方々です。まぁ、出来ればわたくしもそうしたかったのですが、手遅れでした………![]()
まぁ、でもいいでしょう!とりあえず、夜中にこの道を延々歩いて行くということを確認し、改めて富士山
にご挨拶させていただいたと言った感じございます。
さて、5合目に帰る際、わたくしは来た道とは違う吉田口と言う方へ向かいました。今回実家から23年前に買った2本の金剛杖を持ってきているのですが、その内の1本に6合目の焼印がなかった為、押してもらおうと思ったのです。しかし、23年前にあった山小屋は、今は閉鎖されておりまして、吉田口にある「星観荘」と言う山小屋に行かないとない為、向かう事としたした次第であります。
そして、これが6合目の焼印です。とりあえず、これで1つ空白を埋める事が出来ました。
午後5時30分、5合目の駐車場に戻ってきました。
山頂に向けて出発するのは午後11時00分なので、それまで時間を潰す事としましたが、持って来るのを忘れた軍手を買い、レストランでカツカレー(1500円!)を食ってもまだ午後6時30分………
じゃあ、携帯でもいじくろうかと思ったら………
圏外だし………。゚(T^T)゚。
そうなんです!わたくしの持ている携帯のメーカーは富士山では全くのダメ携帯なんです!!他の2社は全く問題ないのに………![]()
事前にHPで知ってはいましたが、5合目ですでにダメとは………
わたくし初めてこの携帯メーカーに不満を覚えましたね………(苦笑)
さぁ、こうなるといよいよやる事は完全になくなりましたね………。まだまだ、外は明るかったですが、出発の時間まで4時間ちょい、まぁ、今のうちに寝て備えるのもいいかなぁ………と言う事で仮眠をとることにしました![]()
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午後10時00分まで寝るはずでしたが、30分早い午後9時30分に目が覚めました。まぁ、起きたというよりは寒さに起こされたと言った感じでございます。そう言えば、ここ標高2500メートル超えていたんですねぇ………と、今更その寒さで今いる場所の重大さを実感した次第でございます………
気づくのが遅いわなぁ………
とりあえず、もう寝る事は出来ないので、ちょっと早いですが準備をする事にしました。寒さ対策で上下にウィンドブレーカーを着て、帽子を被ってその上から頭から被るライトをつけ、2本の金剛杖を持ち、リュックの中身を改めて確認して広場へ向かいました。
広場に行くと、なんと昼間並みの人がおりましたね。みんな、山頂でご来光を見ようと言う人達でいっぱいでした。わたくし同様若い10代・20代の人から…………
゚・゚*・(゚O゚(☆○=(`◇´*)oバキィ!
………年配の方から親子連れまで色々でございました。また、ツアーなんてのもいましたねぇ………ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ
まぁ、わたくしは1人でございましたが、わたくしには23年前にやり残した無念を晴らすと言う使命があります。
出発の30分前、携帯を見たら奇跡的に電波が3本たっていたのでここぞとばかりにミクシィに一言「じゃあ、行って来ます!」と日記に書きました。
23年前、わたくしのせいで一家で山頂に上るという悲願は果たせませんでした。今、両親は70代に突入し、1人暮らしを始めてから月に1回くらいしか会わなくなった両親が日に日に老いていくのを感じたら、まさに「やるなら今だ!」と感じたわたくし、あの日、見ることが出来なかった景色をしっかり見て来ようと………いや、「見るまでどんなに辛くても絶対に下山しねぇーぞ!」と改めて腹くくりましたね!
そして午後11時00分、時報と同時にあの日のリベンジを果たすべく5合目を出発し、23年振りに自分との戦いが始まりました。
昼間、横耳
で聞いた団体さんといたガイドさんの言葉
「歩幅は自分の靴の大きさが基準」を守り、スタスタ進むのではなく極力ゆっくり進む事を心がけて一歩一歩歩きました。
いやいや、ついに始まったなぁ………と、思いましたね。ホントのところですね、今自分が富士山にいて23年前の事を思い出してね、そこから色々な想いが沸き起こってね、2本の杖を持って1人でまた挑んでいる事がね不思議でしょうがないと言うのがホントのところ出してね………で、またね、この決意自体がホンモノでしょ?
コレってなんでしょうねぇ………(・_・;)
まぁ、歩いてる間答えは勿論出ませんでしたが………
午後11時30分、まずは最初の目安となる6合目に到着しました。ここまでの所要時間は約30分程でした。まぁ、昼間となんら変わらないペースで来ましたね。しかし、決して急いではいません。むしろ、ノロノロ歩いてこの時間での到着となりました。
さて、この6合目で富士山安全指導センターでは、おじさんから色々な情報を昼間と同様に得る事が出来ます。とりあえず、得た情報は、天気は問題なしと言う事、山頂の気温は現時点で1℃であるという事、そして、現時刻ですでに1万人が登山をしているとの事、そして8合目から上は大混雑しているとの事でした。
Σ(・ω・ノ)ノ!「1万人ですか………」ただ、この1万人と言う数字、この登山道だけで1万人なのでしょうか?そうだとしたら他の登山道も合わせると………![]()
まぁ、でも確かに昼間の時よりも今のほうが明らかに人は多いですね。
そして、おじさんは登山者全員に、登山道の目安となる各号目とその標高と大体の所要時間が書いてあるチラシを配っていまして、わたくし例外に漏れることなくもらいました。
ちなみに、このチラシは非常に使い勝手が良く、非常に重宝しましてね、下山するまでずっと持っていましたよ。
そして、これが昼と夜の違いです。全く同じ場所で撮りました。登山者のライトの行軍や山小屋の明りが山頂へと続きます。この行軍の中に、これからわたくしも入る訳ですねぇ………
水分を補給し、食料も少し食べて日付がちょうど変わった頃、再び上を目指して歩き始めました。
ここからいよいよ「登山」の「と」が始まります。道のりは、まだまだ長く険しいのであります。
登山の「と」の始まりはジグザグに登る道でありますが、道そのものは砂がメインでデコボコしていなくて平坦な為、今まで通りゆっくりと靴と同じ歩幅で着実に進みました。
7合目の直前で、平坦なジグザグの道は足場の悪い岩場に変わりました。ここから、登山の「と」が本領を発揮し始めた感じでしたね。(登る事に必死だったので道程の画像は一切ありません)
午前12時35分、標高2900メートルの7合目に到着しました。ここまで、体力的には何も問題はなく、また、高山病にかかってなく、ゆっくり登っているわりには時間的
にも思いのほか早くて、ここまでは完璧と言って言い出来でしたね。![]()
ただ、油断は出来ません。先はまだまだ長いです。余裕はありましたが、水分を補給して、食料を少し食べて、15分ほど休んでこの先に備えました。
7合目から8合目は全て道は岩場となります。今までのように杖を使って普通に歩く訳にはいきません。むしろ、手を使わないと登れない為、杖が邪魔な場面すらあります。
そして、勿論歩き辛いので誰であろうと歩くペースは落ちます。すると………
登山者の渋滞が発生し始めました………![]()
6合目の情報では8合目からという話でしたが、登っている間にどうやら伸びた模様でありました。無条件で前に進めず、ただその場でタイムロス…………
しかも、予想以上に動かない………![]()
これにはちょっと困りましたね………
でもですね、良く見てみるとですね、渋滞しているところは決まっていたんですね。つまり、歩き辛い中でも比較的歩き易い所を探してみんな進んでいた訳ですよ。そうすると、みんな歩き易い場所に集まってそこが混むといった感じであった訳ですね。逆に言えば、歩き難いところは空いていると言う訳です。
コレにゴンザは気が付きましてね
渋滞を避ける為に少々歩き辛くても空いている方を果敢に選んで少しでも進む方法を選んだのです。勿論、段差もきつく、歩き辛いので体力の消耗は覚悟の上でやりました。(7合目から8合目の画像も登るのに必死であった為、1枚もありません)
午前2時00分、7合目から約1時間で8合目に到着しました。ここまでの所要時間はガイドブックとほぼ同じです。ただ、渋滞を避けるため無理をしてコレです。まともに並んでいたら、まだ着いていませんでしたね。
そして、ここでついに標高は3100メートルとなり3000メートルを超えました。またここで1つの区切りとして休憩をとるつもりでいたのですが………
わたくしの身体に異変が出始めました………(°д°;)
頭痛と目まいが出始めたのです………(-"-;A
まさか………この段階でもう高山病??もしくは、仮眠だけでここまで来た事による疲れ………??まさかの事態にわたくし自身、さすがにこれには困りましたね。
とりあえず、ここで3本持って来た酸素ボンベを1本使いました。そして、水分と食料を補給して、当初15分休むところを30分に伸ばして、回復を待ちました。
しかし、30分休んだものの頭痛とめまいは治りませんでした。「どうやら、下りるまで治る事はないなぁ………」とこの時覚悟を決めました。
でも、体力はまだまだ余裕があったし、30分休んだお陰で幾らか回復したので、途中で下山しないという決意がある限り前に進む事しか考えていませんでしたので、多少の頭痛とめまいを我慢しつつ歩きました。そして、ここから少し登ったところで「蓬莱館」と言う山小屋まで来ました。画像にはありませんが、この山小屋は23年前にゴンザ一家が宿泊した山小屋でございまして、外観はほぼ当時のままでした。
ちなみに、当時はこの段階で、一家の中で1番ピンピンしていたのがわたくしでした。しかし、翌日………まさかの足を引っ張る事に……………
想像も出来ませんでしたなぁ………。そして23年後、ゴンザはここに到着する前にすでに異変が………
早過ぎですわな………![]()
午後3時00分、標高3250メートルまで来ました。ここまでの道のりは岩場で、山小屋「蓬莱館」からはまた6合目から7合目のようなジグザグのクランク状の歩きやすい道が続きました。しかし、登山者の渋滞があったので150メートル登るのに1時間かかってしまいました。
決して疲れたわけではないのですが、予想以上のペースダウンでした。そして、頭痛と目まいも相変わらずでございます………![]()
しかし、確実に前進していたのも事実でございまして、実は23年前はこの看板を前にしてゴンザ一家は下山を決断したのです。つまり、ここが23年前に途切れた場所でありまして、今はここからが続きなのであります。そして、ここから先はある意未知の領域なのであります。
23年前の限界を突破したわたくし、しかし、頭痛とめまいはどんどん酷くなっていきましてね、さすがに
「……………ヤバイな………」と思いましたね。とりあえず、今は何とか我慢は出来ているものの本当に
クラクラ
っとなるような状況になったらどうしようか、と考えもしましてねぇ…………。しかし、そんな中ですね、何気なく空を見たわたくしは思わず
「!!!」となった訳であります。
時計を見たらまだ午前3時30分ですよ…………なのに東の空が薄っすらと明るくなっていたんですねぇ……
「えっ!?もう夜明けなの?」最初は時計の見間違いではないかと思ったのですが、やっぱり時刻は午前3時30分な訳ですよ………。登る事に必死だったし、同時に頭痛とめまいとも戦っていたので、カメラでその様子を撮る事は出来ませんでしたので画像はありませんが、正直言って驚きましたねΣ(・ω・ノ)ノ!
午前4時00分、薄っすらと明るかった空は完全に明け始めました。この段階で標高は3350メートルで、富士山ホテルと言う山小屋まで到達しました。明るくなった空を見たわたくしはここでご来光を拝もうと言う事で太陽が完全に昇るまでここで休憩をそる事にしました。
ちなみに、ついでに明るくなったので上も見たのですが………
わたくし、いつの間にか山頂までこれだけのところまで来ていたんですねぇ………
さぁさぁ!そしてこれが今回見たご来光
でございます。23年前にも見ましたが、今回のは自分的にはあの時以上に目に焼きつきましたしたね
いやいや、イイモノを見ました。(。-人-。)きっちり拝んでおきましたよ![]()
そして、上を見ると朝焼けに染まった山頂が見事でございました。残りはあとコレだけ!もぉ~行くしかないでしょう!!ここで改めて決意を固めて再び歩き始めたのでございます。(`・ω・´)ゞ
午前5時00分、標高34350メートルの御来光館と言う山小屋までやって来ました。ここまでの道のりは比較的歩きやすく、渋滞もなかった為頭痛とめまいに悩まされながらもスイスイ来てしまいました。7月の下旬だと言うのに普通に雪が残ってましたね。
さて、この御来光館は山梨県側の登山道で1番高い所にある山小屋で、8.5合目と言われています。9合目もあるのですが、社があるだけで山小屋はありません。
よって、わたくしはここで1つ必ずやらなければならない事があります。それは、金剛杖に焼印を押してもらう事です。2本の杖にビシッと焼印を押してもらいましてね、あの時途切れた焼印が23年振りに1つ増えましたよ![]()
さぁ!これでこの登山道で焼印を押してもらえる所はここで最後です。焼印を押してくれたお兄ちゃんに一応聞きましたら、
「9合目には山小屋がないので、あとは山頂までありませんねぇ………」との事。
さぁ~!俄然やる気が出てまいりました!( ̄ー☆
最後の焼印は山頂です。頭痛とめまいに負けている場合ではありません!ゴンザ、気合と根性で山頂を目指します!!
……………………………………………………………………………………と、言いたいところであったのですが……………………………………………………![]()
このあとの山頂までの道のりは今までで1番過酷な展開が待っていました。(;°皿°)
登山者の大渋滞でございます………
いやいや、これはですねぇ、今までで1番酷い渋滞ですよ。まぁ~、なんでこんな事になるのやら………(-"-;A
なんでしょうかねぇ………ご来光を見て「さぁ!行こう!!」といった感じの人や(わたくしもその中の1人ですが………
)、山小屋をチェックアウトして来た人や、そのまま下から登ってきた人や、その他諸々が一気に重なった結果といった感じでしょうか………?
とは言え、この渋滞はホント酷くてですね、場所によっては同じ場所で10分ぐらいビタッと動かずどうにも出来ない状況となりました。ただでさえ空気の薄い場所に、重たい荷物を背負って、頭痛とめまいと戦いながら、渋滞が流れるのを待つというのはホント辛かったですねぇ………。゚(T^T)゚。
あぁ~、あとこれだけなんだけどなぁ………あの旗が立っているところが山頂なんだけどなぁ………(_ _。)いやいや、最後の最後で富士山
のヤロー
は試練を課してきやがりましたなぁ………(x_x;)
一向に前に進まないこの状況に対して、わたくしさすがに嫌気が差しましてね、背負っていた荷物を下ろして座り込んでしまいましたね………
(iДi)「いやいや………、厳しいなぁ………」
登山者の大渋滞をしばらく恨めしそうに眺めるわたくしでございました![]()
その2に続く







