遅(*v.v)。
自分の父との思い出は残念ながらあまりありませんでした・・・。
父は4年前に旅立って行きましたが、それまでと言うより
亡くなる数年前までしか、あまり記憶に残ってないのが
正直な気持ちです。
父は出不精な方であまり家族と食事や遊びに行った事が
ありませんでした。
自分が小学校4年生の時に友達が新聞配達をしていたのもあり
父に自分もやって良いかと訪ねると
『お前は無理』と最初から言われました。
いま思うと、
その頃の自分は大人しかったので父なりの言葉だったかも知れませんが
あの言葉が自分をかき立てる言葉だったのかも知れません。
それから絶対に父を見返してやる!と思いましたね・・・。
自分は祖父と同居していて父より祖父に育てられた様なもので
もの凄く、可愛がってくれました。
その祖父が痴呆症になり、自分の事を凄く可愛がってくれた
祖父がそんな状態になったのが信じられず、何の看病も
出来ないまま祖父は亡くなってしまいました。
その事が自分自身に腹が立ち、介護ヘルパーの資格を取り
夜は本職、昼は介護の仕事を頑張っている最中、
父がガンをわずらったのです。
(余命3ヶ月の診断)
その時、初めて父が小さく見えました。
当時、妹も介護の仕事をしていましたので
自分と妹で空いている時間は病院に行き
父の介護しました。祖父の分までさせて頂きました。
無性にも、その時が初めて親子関係が成り立った様な気がしました。
父も今まで男や父親の立場で接していたのでしょうが
病気を機に今まで見せなかった父の姿を見れましたね。
父も自分が介護の現場で仕事をしているのを知ってましたが
ホントは息子にそんな事をされるのは・・・と思ったかも
知れません。
でも快く任せてくれました。
その後、看病の甲斐虚しく、母と兄弟3人、ホントの家族が見守る中、
旅だって行きました。
今、親父が生きていて元気ならばこう言いたいです。
決して良い息子じゃなかったかも知れないけど
親父の息子でホント良かった

まだまだ元気でいろよ
って・・・。今、ご両親がご健在な方は元気なうちに親孝行して下さい。
いつまでも親は元気ではないですから・・・。
自分の夢(目標)の1つに
今いる母が元気なうちに兄弟家族みんなで海外旅行に行く事です

必ず達成してみせます


父との思い出は楽しい事はあまり無かったですが
介護を通じて最幸の空間を経験出来ました

親父ありがとう
おふくろや兄弟家族、
み~んな最幸に幸せばい
