Jリーグ開幕20周年に宛てて。
2013.5.15、私は20年前にJリーグが開幕をした国立競技場に立ちました。

そう、Jリーグが出来てはや20年。個人的にはあっという間の20年だったと思います。
今でこそ、日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が普通に存在し、日本代表は当たり前のようにワールドカップに行き、TVでは連日、世界各国のリーグが放映、香川や長友など、世界でも有数の有名クラブで活躍し、街にはフットサル場が溢れるという世界ですが、どれもこれも、Jリーグが開幕する前には想像さえ出来なかった、まさに夢の世界が現在なのです。

当時の私は19歳。前年に交通事故を起こし、やっと退院して間もない頃でした。当時応援をしていたのはJリーグが出来る前、JSLに所属をしていたあるチームでした。J会員となり名前も変わり、そのまま私はJ開幕を迎えました。
97年頃に東京ガスと巡り合い、自分の地元、東京にチームがあるんだ!!と気にしながらも、しかし今まで応援していたチームや環境があり、1年ちょっとの間、いわゆる「二股」を続けていましたが、やはり自分の地元のクラブを応援するのが筋だ!と、私は東京のソシオとなり、以来、青赤生活が今も続きます。
J開幕時と応援しているクラブは変わりましたが、今も昔も変わっていないこと。
それは自分の居場所はゴール裏だということです。

ゴール裏、高齢化が止まりませんが…それだけ元気ってことですね、僕らオジサンが!
我がトーキョーのゴール裏は、20年前の代表ゴール裏で見た青年たちがそのままオジサンになり、今も大声を張っています。そのゴール裏で太鼓を叩く青年、リードを取る若手の子たちは、ともすれば20年前に生まれていたかいないかという世界。
なんとまあ…時の流れを感じます。
しかし、冒頭に話したように20年はあっという間でした。
ドーハでワールドカップを直前で逃したこと。
目の前で得点王が生まれたあの試合。
95年、お金がないからアウェイに行けないという私に気にするなと連れて行ってくれた先輩たち。
96年のナビスコカップ、前日に日韓共催が決まってなんとも言えぬ感情を抱いたまま迎えた試合。
97年に鳥栖フューチャーズが消滅の危機に遭い、署名活動を手伝ったこと。
ガス管を振りまわし、おかしな格好をして笑いながら応援をする東京ガスに一気にハマったこと。
ワールドカップ最終予選、世界をめぐり、ジョホールバルでとうとう本選獲得を獲たあの歓喜。
98年に燃え尽き症候群(笑)の中、ドイツ×ユーゴスラビアを観た感動。
99年正月、有終の美を飾ったフリューゲルスの姿、そしてトーキョーのJ2昇格。
00年J1昇格。出島で囲まれてニヤニヤしたこと。
01年東京ソシオで作るフットサルリーグで仲間を一気に増やしたこと。
02年自国でのワールドカップ、全勝ち点を生で見て、宮城での激寒の中で悔し涙を流したトルコ戦。
03年韓国に渡り、永井選手のゴールで勝った親善試合。
04年のナビスコ初戴冠。
仕事が忙しくて開幕と天皇杯の1試合しか見れなかった06年。
09年、2度目のナビスコカップ優勝。
10年の京都で味わったJ1降格。
11年、久々のJ2を楽しみつつ、13時間かけて行った鳥取の地で勝利の雄たけび。
12年正月、天皇杯優勝。念願のACL。思い出の中国・広州アウェイ。
…と、列挙にいとまがない思い出の数々。
これでほんの一部と言いながら、どんどんと出てくるのです。
20年なんてあっという間だったんです。これを現実社会の自分に置き換えると、どうしても時系列のスピードが合いません。それだけ自分にとってこのJリーグ、そしてサッカーが生活の中心なのかがよく分かります。
今日、試合前に東京タワーに行き、フォトエキシビジョンを観て来ました。

飾ってあったどれを観ても、ついこの前という感じで、変な話、自分としては懐かしささえ感じなかったのです。
濃密な20年間。そして日本サッカー史上歴史の転換期に居られた幸せを凄く感じています。
今日、ナビスコカップ予選リーグが行われ、我が東京は勝利こそすれど他チームの結果により予選敗退となりました。
しかし、ここはポジティブに考え、リーグ戦に集中が出来る!ということで、今年のこれからの快進撃に期待をします。
次の30周年の時に、パッと思いだしてこう書けるような2013年になりますように。
「13年、東京リーグ初制覇」
ってね。

東京タワーの解錠で、優勝銀皿と撮りました(笑)
Jリーグ、20周年おめでとう!!

そう、Jリーグが出来てはや20年。個人的にはあっという間の20年だったと思います。
今でこそ、日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が普通に存在し、日本代表は当たり前のようにワールドカップに行き、TVでは連日、世界各国のリーグが放映、香川や長友など、世界でも有数の有名クラブで活躍し、街にはフットサル場が溢れるという世界ですが、どれもこれも、Jリーグが開幕する前には想像さえ出来なかった、まさに夢の世界が現在なのです。

当時の私は19歳。前年に交通事故を起こし、やっと退院して間もない頃でした。当時応援をしていたのはJリーグが出来る前、JSLに所属をしていたあるチームでした。J会員となり名前も変わり、そのまま私はJ開幕を迎えました。
97年頃に東京ガスと巡り合い、自分の地元、東京にチームがあるんだ!!と気にしながらも、しかし今まで応援していたチームや環境があり、1年ちょっとの間、いわゆる「二股」を続けていましたが、やはり自分の地元のクラブを応援するのが筋だ!と、私は東京のソシオとなり、以来、青赤生活が今も続きます。
J開幕時と応援しているクラブは変わりましたが、今も昔も変わっていないこと。
それは自分の居場所はゴール裏だということです。

ゴール裏、高齢化が止まりませんが…それだけ元気ってことですね、僕らオジサンが!
我がトーキョーのゴール裏は、20年前の代表ゴール裏で見た青年たちがそのままオジサンになり、今も大声を張っています。そのゴール裏で太鼓を叩く青年、リードを取る若手の子たちは、ともすれば20年前に生まれていたかいないかという世界。
なんとまあ…時の流れを感じます。
しかし、冒頭に話したように20年はあっという間でした。
ドーハでワールドカップを直前で逃したこと。
目の前で得点王が生まれたあの試合。
95年、お金がないからアウェイに行けないという私に気にするなと連れて行ってくれた先輩たち。
96年のナビスコカップ、前日に日韓共催が決まってなんとも言えぬ感情を抱いたまま迎えた試合。
97年に鳥栖フューチャーズが消滅の危機に遭い、署名活動を手伝ったこと。
ガス管を振りまわし、おかしな格好をして笑いながら応援をする東京ガスに一気にハマったこと。
ワールドカップ最終予選、世界をめぐり、ジョホールバルでとうとう本選獲得を獲たあの歓喜。
98年に燃え尽き症候群(笑)の中、ドイツ×ユーゴスラビアを観た感動。
99年正月、有終の美を飾ったフリューゲルスの姿、そしてトーキョーのJ2昇格。
00年J1昇格。出島で囲まれてニヤニヤしたこと。
01年東京ソシオで作るフットサルリーグで仲間を一気に増やしたこと。
02年自国でのワールドカップ、全勝ち点を生で見て、宮城での激寒の中で悔し涙を流したトルコ戦。
03年韓国に渡り、永井選手のゴールで勝った親善試合。
04年のナビスコ初戴冠。
仕事が忙しくて開幕と天皇杯の1試合しか見れなかった06年。
09年、2度目のナビスコカップ優勝。
10年の京都で味わったJ1降格。
11年、久々のJ2を楽しみつつ、13時間かけて行った鳥取の地で勝利の雄たけび。
12年正月、天皇杯優勝。念願のACL。思い出の中国・広州アウェイ。
…と、列挙にいとまがない思い出の数々。
これでほんの一部と言いながら、どんどんと出てくるのです。
20年なんてあっという間だったんです。これを現実社会の自分に置き換えると、どうしても時系列のスピードが合いません。それだけ自分にとってこのJリーグ、そしてサッカーが生活の中心なのかがよく分かります。
今日、試合前に東京タワーに行き、フォトエキシビジョンを観て来ました。

飾ってあったどれを観ても、ついこの前という感じで、変な話、自分としては懐かしささえ感じなかったのです。
濃密な20年間。そして日本サッカー史上歴史の転換期に居られた幸せを凄く感じています。
今日、ナビスコカップ予選リーグが行われ、我が東京は勝利こそすれど他チームの結果により予選敗退となりました。
しかし、ここはポジティブに考え、リーグ戦に集中が出来る!ということで、今年のこれからの快進撃に期待をします。
次の30周年の時に、パッと思いだしてこう書けるような2013年になりますように。
「13年、東京リーグ初制覇」
ってね。

東京タワーの解錠で、優勝銀皿と撮りました(笑)
Jリーグ、20周年おめでとう!!