zombie強化企画三日目、
LOTDの日本公開まであと一週間ですよ。
さて、強化企画三日目の本日ですが今日はロメロについて書いてみようかと、
経歴に関してはallcinemaから引用させていただきます。
ジョージ・A・ロメロ George A. Romero
| 生年 | ■ | 1940/02/04 |
| 出身地 | ■ | アメリカ/ニューヨーク州ニューヨーク |
| ■本名George Andrew Romero。幼少時から映画を観まくり、「ホフマン物語」に感動して映画製作を志す。54年“The Man from the Meter”という8ミリ映画を製作。この作品の撮影の際、火を点けた人形をビルから落として警察に大目玉をくらったという逸話がある。ピッツバーグのカーネギー・メロン大学在学中、ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」の撮影現場でアルバイトをするが、ハリウッド流の映画製作に疑問を抱くようになる。63年にラテント・イメージという映像製作会社を設立、CMや企業映画を手掛ける。週末を利用して有志で作っていた「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」が68年に完成、公開は失敗に終わるが後にドライブイン・シアターやテレビの深夜放送でカルト人気を得る。その後ドラマやラブ・ストーリーを監督するが失敗。73年にリチャード・P・ルビンスタインと出会い、ローレル・エンタテインメント社を設立。同社製作の現代吸血鬼もの「マーティン」がヨーロッパで話題を呼び、ロメロの才能に気付いたダリオ・アルジェントが共同出資を申し出て78年に「ゾンビ」が完成。ゾンビ映画の教祖的存在となる。「モンキー・シャイン」、「ダークハーフ」をメジャー・スタジオで監督し、“The Mummy”に抜擢されるが、メジャー・スタジオの製作方式とロメロの作風が相容れず、実現せずに終わった(本作は、後にスティーヴン・ソマーズ監督により「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」として製作された)。 |
さて、私にとってジョージ.A.ロメロと言えばいつも予算に悩んで映画が
撮れないといったイメージがあります。
予算に悩んでいたと言えば"死霊のえじき"は予算不足で
ロメロの撮りたかった作品とは違った物になってしまっている。
取れなかったと言えば上記の経歴に出ていましたが
ハムナプトラ、そしてバイオハザード、
ハムナプトラはなぜ撮れなかったか書いてあるので省略して
バイオハザードは初期の段階ではロメロが監督する事になっていたが
ロメロが書いた脚本がゲームと大して変わりなかったため
首になってしまい結果的にはポール.アンダーソンが監督したわけなんですが、
ロメロって映画人としての才能はあるのにハリウッドの撮影方式が嫌いな為に
いつも映画を撮れない、なんか可愛そうだ。
メジャースタジオはもっとロメロを評価しても良い出はないだろうか?
頼むからもっとロメロに映画を撮らさせてくれ