なぜ?
光りものがいっぱいついている最近の機種。
嫌いな人にとっては不可解なばかりですよね。
同様に、私が不可解と思っていること。
図柄がぶつかり合い押し合いする演出の機種が妙に増えていませんか?
熱そうなスーパーリーチで、当たり図柄とはずれ図柄が画面中央でアップになって激突。
当たりかハズレかどっちだどっちだ?のこったのこった!
あのくだらない演出で激アツだと感じる人が多いのでしょうかね?
あれだったら3DCGも不要だし、タイアップすら不要でしょう。
もっと真面目に作るべきです。
嫌いな人にとっては不可解なばかりですよね。
同様に、私が不可解と思っていること。
図柄がぶつかり合い押し合いする演出の機種が妙に増えていませんか?
熱そうなスーパーリーチで、当たり図柄とはずれ図柄が画面中央でアップになって激突。
当たりかハズレかどっちだどっちだ?のこったのこった!
あのくだらない演出で激アツだと感じる人が多いのでしょうかね?
あれだったら3DCGも不要だし、タイアップすら不要でしょう。
もっと真面目に作るべきです。
本官さんのキライなところ
某ブログでスペックなど確認しました。
こりゃいかんわと思った点。
・光りものが多すぎる
・小当たりがうざすぎる
・パトラッシュ系の機種はいっぱいありすぎる
・出玉が多いわけでもないのに電サポもなければ継続率も低い
・ドット演出の面白さは多分シャカラッシュの方がずっと上
・そもそも本官さん不要
・多分BGMも多すぎる
・誰が喜んで打つのかまったくわからない
ほぼ全否定になってしまいましたw
こりゃいかんわと思った点。
・光りものが多すぎる
・小当たりがうざすぎる
・パトラッシュ系の機種はいっぱいありすぎる
・出玉が多いわけでもないのに電サポもなければ継続率も低い
・ドット演出の面白さは多分シャカラッシュの方がずっと上
・そもそも本官さん不要
・多分BGMも多すぎる
・誰が喜んで打つのかまったくわからない
ほぼ全否定になってしまいましたw
地獄のホットロッド(2)
さて、この映画"Hot Rods To Hell"ですが、ただのクソオヤジ映画と言ってしまうにはちょっと惜しいところも散見されるんですね。
例えば、このコルベットが疾走してくるシーンの不吉なムードとか悪くないです。
ここだけじゃなく、この映画には暴力的で不吉な予感を覚えさせるところが多々あります。
ガソリンスタンドの店主が、1人で不良少年と対峙するところでは、彼が年長者としての態度を示しているんだけれど、暴力でそれが吹き飛んでしまう可能性というものを観客は感じ取るはずです。
やはり1人きりで出てくる老保安官に対しても同じような不安を覚えるでしょう。
彼らはかろうじて秩序を守らせることに成功していますが、それは物語の中だけの出来事なのかもしれない。観客はそんな不安を感じながら、クソオヤジ一家を見守るのです。
ダナは事故の後遺症のため、身体能力においてはヒーローたりえません。
一家には降りかかる暴力に対抗できる人はいないのです。
(このあたりの人材不足感は、ドラマ的な理由によるものばかりではなく、製作予算の都合にもよるとは思いますけどね)
このような不吉なムードは、同時代のバイカー映画やドラッグ映画、そしてエログロ系映画にも通底しているように思われます。
60年代半ばのこの映画では不完全燃焼に終わっているのが、後のアメリカン・ニューシネマの時代に開花するわけですね。
「ワイルド・エンジェル」や「サンセット大通りの暴動」などの時代からほんの数年で、「悪魔のいけにえ」や「イージー・ライダー」が登場し、観客は本当の衝撃に晒されるのです。
この"Hot Rods To Hell"についていうと、そんなに深く考えて作られたものではなさそうです。
よくわからないけれど、多分、西部劇にこの原型に相当するような作品があるんじゃないでしょうかね。
荒野を横断中に突然襲ってくる理不尽な暴力。
70年代以降のアメリカのサスペンス映画ではしばしば取り扱われたモチーフです。
日本人の目から見ると現代アメリカの病理を描いているかのようですが、このモチーフは、アメリカ人にしてみたら一種土着的なものなのかもしれません。
例えば、このコルベットが疾走してくるシーンの不吉なムードとか悪くないです。
ここだけじゃなく、この映画には暴力的で不吉な予感を覚えさせるところが多々あります。
ガソリンスタンドの店主が、1人で不良少年と対峙するところでは、彼が年長者としての態度を示しているんだけれど、暴力でそれが吹き飛んでしまう可能性というものを観客は感じ取るはずです。
やはり1人きりで出てくる老保安官に対しても同じような不安を覚えるでしょう。
彼らはかろうじて秩序を守らせることに成功していますが、それは物語の中だけの出来事なのかもしれない。観客はそんな不安を感じながら、クソオヤジ一家を見守るのです。
ダナは事故の後遺症のため、身体能力においてはヒーローたりえません。
一家には降りかかる暴力に対抗できる人はいないのです。
(このあたりの人材不足感は、ドラマ的な理由によるものばかりではなく、製作予算の都合にもよるとは思いますけどね)
このような不吉なムードは、同時代のバイカー映画やドラッグ映画、そしてエログロ系映画にも通底しているように思われます。
60年代半ばのこの映画では不完全燃焼に終わっているのが、後のアメリカン・ニューシネマの時代に開花するわけですね。
「ワイルド・エンジェル」や「サンセット大通りの暴動」などの時代からほんの数年で、「悪魔のいけにえ」や「イージー・ライダー」が登場し、観客は本当の衝撃に晒されるのです。
この"Hot Rods To Hell"についていうと、そんなに深く考えて作られたものではなさそうです。
よくわからないけれど、多分、西部劇にこの原型に相当するような作品があるんじゃないでしょうかね。
荒野を横断中に突然襲ってくる理不尽な暴力。
70年代以降のアメリカのサスペンス映画ではしばしば取り扱われたモチーフです。
日本人の目から見ると現代アメリカの病理を描いているかのようですが、このモチーフは、アメリカ人にしてみたら一種土着的なものなのかもしれません。