LAノワールに求めるもの | アッシュのブログ

LAノワールに求めるもの

フィルムノワールから「LAノワール」に目を転じてみると、何が足りないか見えてきます。

・暗闇
・情念
・悪い女

この3つですね。

<暗闇>
フィルムノワールは、光と陰のコントラストの強い画面が大きな特徴です。
あの暗さがLAノワールにはない。
LAノワールの暗闇は、視界を遮り手がかりを隠す闇です。
それに対し、フィルムノワールの闇は、もっと根源的な不安に包まれた気分を象徴しています。

<情念>
フィルムノワールの主要な登場人物は、ほとんどの場合、何か強い動機に動かされています。
恋愛だったり、金だったり、憎悪だったりとまちまちではあるけれど、中途半端じゃない。
例えば、「ローラ殺人事件」だと、ダナ・アンドリューズは、肖像画のローラに強く惹かれてこだわってしまう。
ダナ・アンドリューズは、「歩道の終わる所」では、今度はマフィアの幹部をつけ狙い、強引な捜査をするあまりに男を死なせてしまう。その上、その男の元妻に惚れてしまうという具合です。
ややもすると無茶すぎないか?と疑問を感じるほどの強い動機にとらわれて、破滅ギリギリのところに自らを追い込んでゆくのがフィルムノワールの登場人物です。
クールな画面や台詞の中で激熱な情念が描かれている。
LAノワールは、その点で淡々とし過ぎています。

<悪い女>
フィルムノワールの彩として、性格の悪い女は必須です。
いや、性格が悪いことは必須条件じゃないんだけれど、主人公の運命を変えてしまう存在として、強い女、悪い女そして美しい女が必要なんですよ。
LAノワールの主人公は平和な家庭をもっているようで、その点がどうもいけません。
ゲーマーが操る人形でしかないんですよね。

上記の要素は、ジェームズ・エルロイの作品にも共通しているんじゃないでしょうか。
また、エルロイの場合、フィルムノワールが制作された1940~50年代とは異なり、プロダクション・コードの影響下にはないため、ずっと血なまぐさいリアリティが付与されています。その部分において、LAノワールはエルロイっぽさを感じさせます。
タイトルからみてもエルロイの世界観に近いものを表現しようとしたゲームなんでしょうけれど、物語が骨抜きになっているのが残念です。

ちなみに、昔のフィルムノワールでは、銃で撃たれて死んでも血だまりひとつできません。また、無実の男が濡れ衣を着たままになったり、殺人犯や強盗犯がうまく逃げ延びたりすることはありません。
ごくまれに真犯人が捕まらないままに終わるものもありますし、直接手を下さないながらも自力救済的に悪人を死なせてしまうというパターンもありますが、例外的です。
不法行為や背徳的な行為が奨励されるような表現は当時の検閲を通らないという問題があって、大抵は主題をなす事件そのものは解決するようになっています。勧善懲悪的な空気の強いものもあります。
その辺りは現在の目で見ると古臭いですね。