存在意義 | アッシュのブログ

存在意義

今回のお題は、パチンコ機の存在意義。

総体としてのパチンコ機なんてでっかい話をぶち上げるんじゃなく、個々の機種について、存在意義というものを考えてみます。

例えばデンジャラッシュ。
確か、この機種については打つ前から否定的で、打った後で罵倒した覚えがあります。
でも、先日久々に打ってみて、評価を変えました。これはこれでアリだと。
デンジャラッシュには、何か常識の範疇を超えたバカバカしさがあります。
ケータイアプリのような演出。
透過液晶&パトランプが無いのを告白し、落ちぶれっぷりを自嘲するかのようなデカパトキャラ。
これはただのクソ台ではありません。何かを突き抜けています。
アビリットには何かを感じるw


かたやタイムショック。
原作?のテレビ番組を思い起こせば、あの環状ランプとまわる椅子というアナログなギミックと、非常に限られた時間で勝敗を決するスタイルとが魅力だったのじゃないかと思います。私の年齢では、田宮二郎とかのイメージまでは覚えてないですがw

そのパチンコは、単にまぶしいだけ。
何とかショックとかいう、世界観の一貫性すらない演出の羅列。
タイアップにしなくてもよかったという代表格のような機種です。
エース電研はライオン丸も上まい3もそうでしたけど、演出が散漫です。
ハズレ濃厚な擬似連3とか、最強リーチのはずがはずれて復活とか。
そういうのはどのメーカーでも同じとたかをくくっていたら大間違いですよ。
キーワードは「存在意義」です。


「でも、上まい3は稼動いいよ?」と思った人もいることでしょう。
私は、それを肯定的にとらえてはダメなのだと思っています。
映画の世界でいえば、客が入った映画がすなわち名画を意味しないように、パチンコも、アウトが多かったら名機ということにはならないのです。
アウトが多い順番に優先的にホールに導入したらパチンコ客が増えるってことはないですよね。

利益が多くあがる機種であっても、話題性で客を集めただけのクズ大作映画と同じかもしれません。
あんなに大勢が見に行ったのに、その観客たちは他の映画を観に劇場に行くことはなかった、というやつです。
あんなにCMやっていたのに、10年もしたらタイトルすら正確に思い出せない。
あの歌手が監督した作品、なんてったっけ?
そんなことじゃ、10年後には、映画ファンにとっては「アストロ・ゾンビ」より下なのですよ。

同様に、忘れ去られるヒット機種よりも、記憶に鮮明に焼きついて離れないクソ台。
そういうものが必要だと、私は信じています。


デンジャラッシュがそうかというと、それはまた別の話ですがw
ポイントは、クソかどうかということではなく、「存在意義」なのです。

私がクソ台認定している最近の機種でいえば、疾風迅雷。
実は結構惜しいのじゃないかと思う部分があります。
上アタッカー周辺の釘です。
あれはいいアイディアだと思っています。
入りそうで入らない。狙えそうで狙いにくい。狙えなくはないけど忍耐力も必要。
これは、パトラッシュには無かったポイントですから。
疾風迅雷の存在意義がここにはあったと思います。

ただ、あの機種は、上アタッカーの「狙える感」「出球感」とか、寄りの渋さとかに関して、遊技を盛り上げる趣向が全然ありませんでした。そればかりか、下アタッカーもついていました。
まるで存在意義を自ら否定しているように見えました。
自分で否定しちゃダメじゃないですか。



それにしても、こういう気持ちが、クソ台をスルーできない理由なのでしょう。
多分w