顎から脳天にかけて一気に衝撃が貫く。その重い一撃は青年の脳を揺らす。
「っんだと」
青年の口から声が漏れた。それと同時に青年の体からは力が抜け、火野を掴んでいた手も離される。
火野の体は重力に耐えきれず、そのまま床へ落ちた。うつ伏せになった火野の頬に床の冷たさが伝わってくる。
対して青年も体から背骨を抜かれたようにその場に倒れた。
火野は飛びそうになる意識を繋ぎとめ、倒れた青年をみる。
青年は動かない……火野はその事を確認すると、目線の先に落ちているハンドガンに左手を伸ばした。
ハンドガンはギリギリで届く範囲に落ちていた。伸ばした左手からは激痛が走る。
「っつ!」
火野の中指がなんとか銃に触れ、そのまま銃を引き寄せる。
火野は倒れたまま銃を左手でグリップし、指をトリガーに掛けた。そして、震える左手を安定させるため、腕を床に強く押し付けて、まだ潰れていない左目で慎重に銃口を目標に定めた。
しかし、銃口の先に青年の姿はない……
その銃口はあろうことか、カプセルの中の少女に向けられていた。
少女を捉えた照準は震えていた。引き金に掛けた人差し指も、ためらいからか引くのを拒んでいた。
部屋の中は薄暗い静寂に包まれた。
――お前がいなくなってどれぐらいが経つのだろうか
お前に再び会いたいと幾度となく願ったか
俺は怖かった
風に散り、飛ばされる葉のように俺の記憶からお前の笑顔が消えるのが怖かった
お前との日々が夢になるのが恐ろしかった
だから、飛ばされた葉を必死で拾い集めた
でもそれは、お前がいない事実を突き付けるだけで辛かった
どこかで生きていてくれる
いつものように笑顔でいてくれる
その思いだけが俺の支えだった
火野の脳裏に、ある女性の姿が浮かび上がる。
女性は病室の窓際でベッドの上半身を上げてオレンジ色に染まった窓の外を眺めていた。窓からは温かくささやかな風が入ってきて病室のカーテンを揺らし、空にはいわし雲が流れて、向こうからこちら側に立体を作っていた。
遠くで鳴くひぐらしの鳴き声がその日の終わりを告げると共に、こちら側の空をゆっくりとオレンジ色に染めていった。女性の姿は夕影で黒のシルエットに染まっていた。
女性は遠くを見るような目で山の斜面に沈む夕陽を眺めながら言う。
「私はね、あの子に自由に生きて貰いたいんです」
そう言った女性の姿は寂しそうだ。
「あの子にしてあげたいことはたくさんあるの。色んなことを教えてあげたい。そして、あなたと一緒にあの子の成長を見守ってあげたい」
女性はうつむき、体を震わせた。膝に乗っている両手が強く拳を作るのが分かる。
「どうしてなんだろうね。どうして私なんだろうね」
女性は泣きそうな声でそう言うと、膝の上で握られた両手を涙で濡らした。しばらく女性はうつむき、涙を流した。
丸くなった背中を夕陽が照らし、いっそう黒い影を作る。
涙をすする音がした。女性は静かに口を開けた
「私ね、色々考えちゃうの。あの子はこうなるだろうなとか、こう育って欲しなとか。バカみたいだよね……私の中であの子はもう大人になっちゃってるの」
女性は再び涙をすする。
「でもね、最後に思うことはいつも同じなの。あの子にはあなたと同じような人と一緒になって幸せになって欲しい。そう思うの」
女性は依然としてうつむいたままだった。
病室内はオレンジ色に染まり、ひぐらしの音だけが静かに響いていた。
女性は右手で涙をぬぐった。そして、一段と強く涙をすすった。
その音には女性の中で何かの決心がついたような感じがした。
「大河さん」
女性はうつむいたまま名前を呼ぶと、顔をあげた。目には今にもこぼれそうな涙を浮かべてはいるが、それを堪えるようにして火野を見つめていた。
そして、女性は火野と目が合ったのを確認すると、満面の笑顔を作った。
そして告げた。
「あの子を守ってあげてね。私との約束ですよ」
笑顔で閉じた目からは貯めていた涙が頬をつたい流れた。
女性の後ろの窓には夕陽が映り、逆光となって顔に影を落としたが、そんなことはお構い無しに女性の表情は美しかった。
火野はその美しく、神秘的さえ感じられる光景に目を奪われた。
――遠くで鳴いていたひぐらしも、いつの間にか鳴くのをやめていた
火野は銃を構えながら静かに言う。
「何が約束だ」
俺が銃を向けているのは、あいつに守ってと言われた奏だ。俺はあいつの最後の頼みも果たせないのか。
あいつは奏を守ってくれと言っていた。しかし、今の奏をあいつは予想できただろうか。自由を奪われ、道具として使われる奏を予想できただろうか……
俺はそんな奏を見ていられない。
奏の自由を願ったあいつのためにも、俺ができることはあそこから奏を解き放ってやることだ。
「すまない奏。俺もすぐにそっちに行くからな」
火野は決意を固めた。そして、銃の引金に力を込めた。
しかし、銃声が鳴ることは無かった。引金にかけた火野の指は、何かの力に遮られ止まっていた。
火野は唖然とした。うつ伏せになった火野の背後から白い手が伸びてきて火野の両手を包み込んだのだ。白い手は火野に引金を引くのを止めさせた。
「なにしようとしてんのかなああああああ!」
突然の事に火野の背筋に寒気が突き刺さる。拳銃を握った手は強い力に阻まれ、ぴくりとも動かない。
「そんな事しちゃだめじゃないですか」
火野の耳元に冷たい声が囁く。火野は首を左に動かし、青年が倒れていた場所を確認する。
すると耳元から嘲け笑いが聞こえてきた。
「笑わせないでください。僕があんな一撃で気絶するとでも? 死にかけのあなたの一撃ですよ? わざと倒れたに決まっているじゃないですか」
「わざとだと?」
「でもね、あなたがあれに銃を向けたときは驚きました。困るんですよそんなことされちゃ。火野さんはあれを救うと言っておきながらなにをしているんですか。これじゃ、どっちが悪役なんだか」
火野は黙ったままだ。
「あなたの死は僕が倒れたことで確定されました。僕はあなたの死のトリガーに指を掛けました。あとは僕がある言葉を言えばあなたは死にます。それは誰も邪魔できない。そう、僕でさえも。」
「どう言うことだ」
火野は手の動きを封じられたまま言う。
青年は口を更に火野の耳元に近づけた。耳元で青年の息遣いが聞こえて来て、火野の耳に生暖かい風を送る。
「気になりますか? 気になりますよね? 僕に一撃を与えた火野さんには特別に教えてあげますよ」
青年は静かにそう言うと話しを続けた。
「火野さんは僕の能力がインサイトだと言いました。確かにそれは正解で僕に未来を見ることは出来ません。でもね? 能力が一つだと誰が言ったんですか?」
「まだ他に何かあると言うのか?」
火野は信じられなかった。信じたくなかった。今までに前例がなく、もしそれが本当ならば、自分たちには能力者を封じる手立てが遠くなるからだ。
「正確には付随していた能力とでも言いましょうか。僕の本当の能力は『死の祝詞』です」
「死の祝詞?」
「この能力はですね、人を死へ導くんですよ。人はね、生きているうちは常に死と隣合わせなんです。死と言うのはその状況下で、いくつもの事象が積み重なり起こるものです。そしてその引き金は何処にでもある。僕にはその引き金を見ることができるんです。死へ到達するルートが僕には分かるんです。更に、僕の言葉はその引き金を作ることも可能ですし、相手の動作を引き金に変える事も可能です。つまり、僕は人を運命によって殺せます。しかも、僕が選んだ死にかた(ルート)で。そう、それは人の最後を予知すると言っても変わりない」
「お前にはこうなることが始めから分かっていたと言うのか」
「多少の修正はしましたけどね。この能力はですね、引き金を作るのに言葉をいわなければいけない。気になりませんでしたか? 僕がいちいち行動を口に出していた事が」
火野にはもはや反論するすべもない。青年の能力に気がつけなかった自分を責めたいが、気付いたところで、対向する方法も分からない。
火野は拳銃を握る手の力を抜いた。
「負けたよ」
火野は決して言いたく無かった言葉を口にした。
「そうですよね。あなたは死ぬしかない」
青年は馬鹿にするように言った。
「僕には最初からこうなることが見えていた。滑稽でしたよ、あなたの必死の姿を見るのはね」
――人の心を折る、屈服させる。相手の命が自分の手の中にある独占感
「なんて気持ちのいいものでしょう」
青年は高笑いをし火野を見下す。
火野は青年の言葉をただ受け入れるしかなかった。眼孔に光は無くなり、銃を握った手に力は無く、屍のように動かない。
横を向いたままうつ伏せ状態の火野の目からは涙が流れ、頬に当たる血溜まりと共に混ざり合った。
「最後に……最後にあいつの姿をもう一度見せてくれないか」
火野は小さく静かな声で青年に言う。
「あん? 聞こえませんね」
青年はわざとらしく言う。
「頼む」
「仕方が無いですね。僕は優しいですからね」
そう言うと青年は火野の首へ左腕を回し、アームロック状態にして無理やり火野を立たせた。 そして、火野の右手を自分の右手で覆い、握られている銃を火野の手の中に収めたまま火野のこめかみへ運ぶ。
引金には火野の指の上から青年の指がかぶせられた。もはや火野の右手に力は入らず、青年のなすがままとなっていた。
背後に青年が密着した状態で、火野は再び少女と向かい合った。
――時が止まった気がした
青年の気配はなくなり、その世界には火野と少女だけとなった。
奏は人形のようにただそこにあり、前を向いていた。
俺は奏の目を見たが、目が合うことは無かった。
時が止まった世界のなかで、火野は孤独になった。ひとりで闇の中にたたずんだ。
(……)
それは片目が潰れた火野の錯覚だったのかもしれない。火野の想いが幻覚を見せただけかもしれない。
少女の口が動いた気がした。
声はないが少女はゆっくり口を開いている。火野はなぞいるようにその口の動きを読み取った。
(……と……ん)
分からない。しかし少女は同じ言葉を繰り返しているようだった。少女の口の動きが次第に火野の頭の中で音声化されていく
「お、と、う、さ、ん」
ゆっくりと一語一語を確かめるように少女は言った。
それは火野の幻覚かもしれない、思い込みかもしれない。
でも、うれしかった……
止まった世界の中で火野は泣き崩れた。
そして一言つぶやいた。
「ありがとう」
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青年の口から声が漏れた。それと同時に青年の体からは力が抜け、火野を掴んでいた手も離される。
火野の体は重力に耐えきれず、そのまま床へ落ちた。うつ伏せになった火野の頬に床の冷たさが伝わってくる。
対して青年も体から背骨を抜かれたようにその場に倒れた。
火野は飛びそうになる意識を繋ぎとめ、倒れた青年をみる。
青年は動かない……火野はその事を確認すると、目線の先に落ちているハンドガンに左手を伸ばした。
ハンドガンはギリギリで届く範囲に落ちていた。伸ばした左手からは激痛が走る。
「っつ!」
火野の中指がなんとか銃に触れ、そのまま銃を引き寄せる。
火野は倒れたまま銃を左手でグリップし、指をトリガーに掛けた。そして、震える左手を安定させるため、腕を床に強く押し付けて、まだ潰れていない左目で慎重に銃口を目標に定めた。
しかし、銃口の先に青年の姿はない……
その銃口はあろうことか、カプセルの中の少女に向けられていた。
少女を捉えた照準は震えていた。引き金に掛けた人差し指も、ためらいからか引くのを拒んでいた。
部屋の中は薄暗い静寂に包まれた。
――お前がいなくなってどれぐらいが経つのだろうか
お前に再び会いたいと幾度となく願ったか
俺は怖かった
風に散り、飛ばされる葉のように俺の記憶からお前の笑顔が消えるのが怖かった
お前との日々が夢になるのが恐ろしかった
だから、飛ばされた葉を必死で拾い集めた
でもそれは、お前がいない事実を突き付けるだけで辛かった
どこかで生きていてくれる
いつものように笑顔でいてくれる
その思いだけが俺の支えだった
火野の脳裏に、ある女性の姿が浮かび上がる。
女性は病室の窓際でベッドの上半身を上げてオレンジ色に染まった窓の外を眺めていた。窓からは温かくささやかな風が入ってきて病室のカーテンを揺らし、空にはいわし雲が流れて、向こうからこちら側に立体を作っていた。
遠くで鳴くひぐらしの鳴き声がその日の終わりを告げると共に、こちら側の空をゆっくりとオレンジ色に染めていった。女性の姿は夕影で黒のシルエットに染まっていた。
女性は遠くを見るような目で山の斜面に沈む夕陽を眺めながら言う。
「私はね、あの子に自由に生きて貰いたいんです」
そう言った女性の姿は寂しそうだ。
「あの子にしてあげたいことはたくさんあるの。色んなことを教えてあげたい。そして、あなたと一緒にあの子の成長を見守ってあげたい」
女性はうつむき、体を震わせた。膝に乗っている両手が強く拳を作るのが分かる。
「どうしてなんだろうね。どうして私なんだろうね」
女性は泣きそうな声でそう言うと、膝の上で握られた両手を涙で濡らした。しばらく女性はうつむき、涙を流した。
丸くなった背中を夕陽が照らし、いっそう黒い影を作る。
涙をすする音がした。女性は静かに口を開けた
「私ね、色々考えちゃうの。あの子はこうなるだろうなとか、こう育って欲しなとか。バカみたいだよね……私の中であの子はもう大人になっちゃってるの」
女性は再び涙をすする。
「でもね、最後に思うことはいつも同じなの。あの子にはあなたと同じような人と一緒になって幸せになって欲しい。そう思うの」
女性は依然としてうつむいたままだった。
病室内はオレンジ色に染まり、ひぐらしの音だけが静かに響いていた。
女性は右手で涙をぬぐった。そして、一段と強く涙をすすった。
その音には女性の中で何かの決心がついたような感じがした。
「大河さん」
女性はうつむいたまま名前を呼ぶと、顔をあげた。目には今にもこぼれそうな涙を浮かべてはいるが、それを堪えるようにして火野を見つめていた。
そして、女性は火野と目が合ったのを確認すると、満面の笑顔を作った。
そして告げた。
「あの子を守ってあげてね。私との約束ですよ」
笑顔で閉じた目からは貯めていた涙が頬をつたい流れた。
女性の後ろの窓には夕陽が映り、逆光となって顔に影を落としたが、そんなことはお構い無しに女性の表情は美しかった。
火野はその美しく、神秘的さえ感じられる光景に目を奪われた。
――遠くで鳴いていたひぐらしも、いつの間にか鳴くのをやめていた
火野は銃を構えながら静かに言う。
「何が約束だ」
俺が銃を向けているのは、あいつに守ってと言われた奏だ。俺はあいつの最後の頼みも果たせないのか。
あいつは奏を守ってくれと言っていた。しかし、今の奏をあいつは予想できただろうか。自由を奪われ、道具として使われる奏を予想できただろうか……
俺はそんな奏を見ていられない。
奏の自由を願ったあいつのためにも、俺ができることはあそこから奏を解き放ってやることだ。
「すまない奏。俺もすぐにそっちに行くからな」
火野は決意を固めた。そして、銃の引金に力を込めた。
しかし、銃声が鳴ることは無かった。引金にかけた火野の指は、何かの力に遮られ止まっていた。
火野は唖然とした。うつ伏せになった火野の背後から白い手が伸びてきて火野の両手を包み込んだのだ。白い手は火野に引金を引くのを止めさせた。
「なにしようとしてんのかなああああああ!」
突然の事に火野の背筋に寒気が突き刺さる。拳銃を握った手は強い力に阻まれ、ぴくりとも動かない。
「そんな事しちゃだめじゃないですか」
火野の耳元に冷たい声が囁く。火野は首を左に動かし、青年が倒れていた場所を確認する。
すると耳元から嘲け笑いが聞こえてきた。
「笑わせないでください。僕があんな一撃で気絶するとでも? 死にかけのあなたの一撃ですよ? わざと倒れたに決まっているじゃないですか」
「わざとだと?」
「でもね、あなたがあれに銃を向けたときは驚きました。困るんですよそんなことされちゃ。火野さんはあれを救うと言っておきながらなにをしているんですか。これじゃ、どっちが悪役なんだか」
火野は黙ったままだ。
「あなたの死は僕が倒れたことで確定されました。僕はあなたの死のトリガーに指を掛けました。あとは僕がある言葉を言えばあなたは死にます。それは誰も邪魔できない。そう、僕でさえも。」
「どう言うことだ」
火野は手の動きを封じられたまま言う。
青年は口を更に火野の耳元に近づけた。耳元で青年の息遣いが聞こえて来て、火野の耳に生暖かい風を送る。
「気になりますか? 気になりますよね? 僕に一撃を与えた火野さんには特別に教えてあげますよ」
青年は静かにそう言うと話しを続けた。
「火野さんは僕の能力がインサイトだと言いました。確かにそれは正解で僕に未来を見ることは出来ません。でもね? 能力が一つだと誰が言ったんですか?」
「まだ他に何かあると言うのか?」
火野は信じられなかった。信じたくなかった。今までに前例がなく、もしそれが本当ならば、自分たちには能力者を封じる手立てが遠くなるからだ。
「正確には付随していた能力とでも言いましょうか。僕の本当の能力は『死の祝詞』です」
「死の祝詞?」
「この能力はですね、人を死へ導くんですよ。人はね、生きているうちは常に死と隣合わせなんです。死と言うのはその状況下で、いくつもの事象が積み重なり起こるものです。そしてその引き金は何処にでもある。僕にはその引き金を見ることができるんです。死へ到達するルートが僕には分かるんです。更に、僕の言葉はその引き金を作ることも可能ですし、相手の動作を引き金に変える事も可能です。つまり、僕は人を運命によって殺せます。しかも、僕が選んだ死にかた(ルート)で。そう、それは人の最後を予知すると言っても変わりない」
「お前にはこうなることが始めから分かっていたと言うのか」
「多少の修正はしましたけどね。この能力はですね、引き金を作るのに言葉をいわなければいけない。気になりませんでしたか? 僕がいちいち行動を口に出していた事が」
火野にはもはや反論するすべもない。青年の能力に気がつけなかった自分を責めたいが、気付いたところで、対向する方法も分からない。
火野は拳銃を握る手の力を抜いた。
「負けたよ」
火野は決して言いたく無かった言葉を口にした。
「そうですよね。あなたは死ぬしかない」
青年は馬鹿にするように言った。
「僕には最初からこうなることが見えていた。滑稽でしたよ、あなたの必死の姿を見るのはね」
――人の心を折る、屈服させる。相手の命が自分の手の中にある独占感
「なんて気持ちのいいものでしょう」
青年は高笑いをし火野を見下す。
火野は青年の言葉をただ受け入れるしかなかった。眼孔に光は無くなり、銃を握った手に力は無く、屍のように動かない。
横を向いたままうつ伏せ状態の火野の目からは涙が流れ、頬に当たる血溜まりと共に混ざり合った。
「最後に……最後にあいつの姿をもう一度見せてくれないか」
火野は小さく静かな声で青年に言う。
「あん? 聞こえませんね」
青年はわざとらしく言う。
「頼む」
「仕方が無いですね。僕は優しいですからね」
そう言うと青年は火野の首へ左腕を回し、アームロック状態にして無理やり火野を立たせた。 そして、火野の右手を自分の右手で覆い、握られている銃を火野の手の中に収めたまま火野のこめかみへ運ぶ。
引金には火野の指の上から青年の指がかぶせられた。もはや火野の右手に力は入らず、青年のなすがままとなっていた。
背後に青年が密着した状態で、火野は再び少女と向かい合った。
――時が止まった気がした
青年の気配はなくなり、その世界には火野と少女だけとなった。
奏は人形のようにただそこにあり、前を向いていた。
俺は奏の目を見たが、目が合うことは無かった。
時が止まった世界のなかで、火野は孤独になった。ひとりで闇の中にたたずんだ。
(……)
それは片目が潰れた火野の錯覚だったのかもしれない。火野の想いが幻覚を見せただけかもしれない。
少女の口が動いた気がした。
声はないが少女はゆっくり口を開いている。火野はなぞいるようにその口の動きを読み取った。
(……と……ん)
分からない。しかし少女は同じ言葉を繰り返しているようだった。少女の口の動きが次第に火野の頭の中で音声化されていく
「お、と、う、さ、ん」
ゆっくりと一語一語を確かめるように少女は言った。
それは火野の幻覚かもしれない、思い込みかもしれない。
でも、うれしかった……
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