超能力推進法案が施行されてから8年
人々も超能力の存在を認め、一部の人間ではあるが超能力を操れるようになってきた中、物語はある一軒家から始まる。
午前七時三〇分
ある家庭のリビングは、炊き立てのご飯と、焼き魚の皮が焼けた芳ばしい香りで包まれており、味噌汁の煮立つ音と、フライパンから聞こえる音が、いっそう食欲をそそってくる。
庭へ続く少し開けた窓からは朝日が差し込み、暖かいような、少し肌寒さを感じさせる春風がカーテンを揺らしていた。
そんな中、テレビはあるニュースを報道していた。
『昨夜八時一七分、超能力反対派グループ六名によるバスジャック事件が発生しました。人質に取られたのは乗客一四名であり、犯人は超能力推進法案の撤廃と研究機関の廃止を要求した模様です。しかし、八時五〇分に現場に駆けつけたナンバーズのメンバー一名により、事件は終息。犯人六名は逮捕。乗客も無事に救出された模様です。その後の調べで、犯人グループの名前は「innocence」であることが判明。政府は組織の集団テロ行為として、組織解体に全力を尽くすことを表明しました。次のニュースです……』
真剣な声でニュースキャスターの女性が報道をしている中、テレビの画面には犯人の顔が映し出されていた。
「よくやるよなー。超能力のどこが気に入らないんだか」
そう呟いた少年は、四人がけのテーブルの椅子の一つに座り、テレビを見ながら朝食をとっている。
少年の名前は 宇宙町春(そらまちしゅん)身長は一六七センチ、髪の色は黒でギリギリ校則に引っかからない程度の長さ。歳は一六で今日から高校二年生である。体格は標準と言ったところ。現在は学校のブレザーを着ており、登校間近である。
「しゅんー。早くご飯食べちゃいなさい。そろそろ出る時間でしょ」
台所の方から春(しゅん)の母親 宇宙町静香(そらまちしずか)の声が聞こえてきた。
「わかったよ。今食べ終わるー」
春はそう言うと、茶碗の中に残ったご飯を口の中に頬張り、味噌汁で胃袋へと流し込んだ。
そして、ごちそうさまを言うと洗面所へ行き歯磨きと、軽く身だしなみを整え始めた。
身だしなみを整えていると、
「そういえば、あんた今日、能力開発の日じゃない?」
静香の声が再び台所の方から聞こえてきた。
「そうだよ」
春は髪を整えながら答えた。
「どんな能力かしらねぇ。お母さん的には、マッサージが上手くなる能力を希望なんだけど。お父さんも最近腰が痛いみたいだし」
春はため息をついた。
「やだよ。そんなしょーもない能力。便利や使える能力は第一だけど、やっぱりカッコ良くなくちゃ」
「指圧師カッコイイじゃない」
静香はからかうように言った。
「もういいよ。んじゃ、行ってきます」
春はそう言うと、洗面所から玄関へ向かい、靴を履いて家の扉を開けた。
「いってらっしゃーい」
後から静香の陽気な声が聞こえてきた。
午前七時五〇分
玄関を出ると、外は少し肌寒く、電線に止まったスズメは朝日に照らされながらチュンチュンと鳴いていた。
「ん~っ」
春は深呼吸をするように大きく息を吸った。肺に冷たい空気が流れ込んでくる。
冷たい空気は新鮮さを感じさせてくれた。清々しい朝だ。
春は朝日が照らしたコンクリートの道を学校に向かうため歩き出した。
春の高校は家から徒歩で三〇分かかり、生徒は八時三〇分迄には校門をくぐらなくてはいけない。それを過ぎてしまうと、遅刻扱いにされてしまい、常習犯ともなると何かしらの罰が課せられるのだ。
現在は七時五〇分であるため、だいたい八時二〇分には校門をくぐることができる。よって、春はいつもこの時間を目安に家を出るのがベストである。
しかし、遅れることもよくあるため、この時間に家を出るのは目標とも言って良いかもしれない。
本日ベストな時間に家を出ることができた春(しゅん)は調子がいいのである。自然と足取りも軽くなる。
車の通りも少ない住宅街の道を歩き、小さな交差点をわたると、七メートルほど先の右側沿いに、いかにも昭和と言うような木造2階建ての建物が見えた。建物の名前は『アイズヤ』と言う駄菓子屋で春が昔からお世話になっているお店である。さすがに今の時間はまだ閉まっており、店の入り口は、木の板でふさがれていた。
と、その店の前に一人の少女が入口の方を向きしゃがんでいるのが見えた。
春と同じ高校の制服を着ており、自然な茶色のロングストレートの髪は日の光りを得て、艶やかに輝いていた。
「にゃん♪にゃん♪にゃー♪」
少女はしゃがみながら、上半身を揺らし、高く可愛らしい声を出していた。揺れに合わせて、綺麗なストレートの髪も1本1本に空間ができ、キラキラと揺れていた。
「よう、利亜」
春は少女に近寄り、背後から声をかけた。
「にゃん?」
少女は疑問口調の猫声を出したあと、しゃがんだまま後ろを振り向き、背後に立っている春を見上げた。
「しゅんくんおはよー♪今日は時間に間に合ったんだね」
少女は春に笑顔を向けた。その笑顔はテレビのお天気お姉さんみたいに爽やかな笑顔だった。
彼女の名前は刀利利亜(とうり りあ)。春と同じ高校の今日から同じ高校2年生である。
茶色のロングストレートの髪で、フロント右サイド、およそこめかみを通るところの髪を、顎と同じぐらいの高さのところで赤いリボンで止めている。
全体的に青を感じさせるブレザーを着ており、しゃがんでいるせいで、純白のニーソックスと青と水色のチェックの入ったプリーツスカートから見える絶対領域と言われる聖域は普段よりも強調されていた。
そこから覗かせる艶やかで健康美溢れる白い太ももは男ならつい目を運んでしまう。
そして、こちらを振り向いているその体制だと、制服の上からでも分かる確かな胸の膨らみも主張しだし、何とも言えない。
春は目のやり場に困ってしまった。おまけに、偶然ではあるが自然な上目遣いときた。
「しゅんくん?」
利亜は疑問口調で名前を呼んだ。そして、春の目線に気づいたのか、顔を赤らめて両手で自分を抱くようなポーズを取った。
「いや、ゴメン!そんなつもりじゃ!ついつい」
春は焦りながら何かを撤回している。所詮、春も漢なのである。
「むぅ~」
利亜は顔を赤らめたまま、唸り声をあげた。
「ところで、利亜はなんで猫の鳴き真似をしていたんだ?」
春は話題を反らす為にも、疑問に思ったことを尋ねた。
「うんとね」
そう言うと、利亜は目線を駄菓子屋の入口に向けた。そこには、右の前足に怪我を負った黒猫がいた。
傷口は開いており、見るからに痛々しい。黒猫はその痛々しい傷口を背骨を丸めて舌で舐めていた。
「しゅんくんを待っていたら、ここに猫さんが来たの」
利亜はしゃがみながら猫を見て言った。
刀利利亜。彼女はいつも俺をこの駄菓子屋の前で待っていてくれる。といっても、俺と利亜は特別な関係ではない。
小学校の頃、俺と利亜の小学校には集団登校と言うものがあった。俺達の学区は八時にこの駄菓子屋の前に集合することになっていた。
当時、小学校から遠く離れたこの学区には俺と利亜と相馬劉勇(そうま ゆゆ)の三人しかいなく、三人が揃った時点で小学校へ向かっていたのだ。
中学生になり、劉勇とは別の中学になった俺は、集団登校は無くなったものだと思っていたが、中学の一番初めの登校中に、駄菓子屋の前で、さも当たり前のように待っている利亜を見つけた。
どうやら彼女は集団登校を続けるつもりらしかった。
俺と利亜の2人だけの集団登校がそこから始まった。
と言っても、中学後半から寝坊が多くなった俺は、学校にギリギリで行くようになり、八時の駄菓子屋前の集合に遅れるようになった。当然、利亜は時間になるとお構い無く学校へ向かう。
実際、寝坊したこともあったが、本当は利亜と二人だけの登校と言うのが恥ずかしく感じて、時間をずらすこともあった。
まあ、変な意識をしていたのは俺だけみたいで、利亜はただの集団登校の延長だと思っているようだった。
高校生になった俺は、そんな気恥ずかしさもなくなり、時間に間に合うようであれば一緒に学校へ通っている。
「しゅんくん。痛い、痛いの猫さんをどうしようか?」
利亜は何かしらの回答を期待するような目で春を見た。
「どうするって言っても、これから学校だしな」
春は困ったような表情で、自分の頬を右手の人指し指でかるく掻きながら傷口を舐めている猫を見た。
すると、春はあることに気が付いた。
「その猫、首輪してるだろ。つまり、飼い猫だよな。傷つきながらもここまで歩いてきたんなら、なんとか飼い主の家まで歩いて」
「しゅんくん!」
春が言葉を言い終える前に利亜は言葉をかぶせながら立ち上がり春を見た。
「可哀想な猫さんなんだよ! 私は放って置けないよ!このままじゃ猫さん家に帰れなくなって……! 猫さんの飼い主も可哀想になって! 今日の降水確率もあまり良くないし! それを放って置いた私たちも自責の念から立ち直れなくて! それに……」
利亜は次から次へと早口言葉のように言って、春に詰め寄った。童顔な利亜の表情は険しくなり、顔色もうっすら紅潮していた。
「わかったよ。わかった。悪い悪い」
春は詰め寄る利亜の肩を抑え、興奮気味の利亜を制止させながら、普段はおとなしいやつなのに、こういうことになると暑苦しいな。と心の中で思った。
「俺にいい考えがある。」
利亜の肩を抑えながら春は言った。
「ふぇ?」
春の言葉を聞いた途端に利亜の様子はいつも通りになり、首を傾げて頭の上に『?』
を浮かべた。
春は利亜の肩に押し付けている手をどけて、利亜の顔を右手でビシッと指差した。
指差された利亜は一瞬、ビクッと体を震わせた。
「まずはその猫を手当てできる場所を確保しなければならない!」
「うん、うん。」
利亜は目を輝かせながら大きく頷く。
「その場所が何処にあるかわかるかね? 利亜一等兵!」
「分からないであります大佐殿!」
春の突然の振りに利亜は慣れたように対応し、きおつけをして敬礼した。
春はその様子を見て、両腕をくみ、満足気に頷くと言葉を続けた。
「我々の次なる目的地を、我が旧友のアジトとする。」
その言葉を聞いたとたんに利亜の表情は一気に明るくなった。
「あ~! ゆゆちゃんの家に行くんだね♪」
「その通り」
春は利亜に笑顔を向けて言った。
すると、利亜は次の言葉を述べた。
「そうと決まれば作戦を実行しようではないか。我々には時間が残されていないぞ。春一等兵♪」
「あ……俺の大佐役が」
大佐役を奪われた春は残念そうに言った。
「一度、やって見たかったんだよね~♪」
利亜は笑顔でゆったりと答えた。
春はため息をすると、
「了解しました。利亜少佐!」
と言って敬礼した。
「大佐は譲ってくれないんだね。しかも階級下がってるし」
利亜がそう言うと、春は笑った。それに釣られて利亜も笑った。
二人は駄菓子屋の前で笑いあった。
「それじゃ、行くか」
春がそう言うと、利亜は傷ついた黒猫を抱きかかえるべく黒猫に手を伸ばした。
黒猫は人に馴れているようで、利亜が手を伸ばすと傷口を舐めるのを止め、おとなしくその手を受け入れた。
「お利口な猫さんですね~♪」
利亜はそういうと、猫を抱きかかえて立ち上がり、猫の頭をクリクリと指で優しく撫でた。
「にゃ~ん」
猫は目をつぶり、くすぐったそうに甘えるような声で鳴いた。
俺は利亜の手に猫が収まるのを確認すると劉勇(ゆゆ)の家に向かい歩きだした。利亜もそのあとに続いた。
劉勇(ゆゆ)は中学校は違ったものの、高校は俺達と同じ高校へ通っている。
入学式の時、利亜が劉勇(ゆゆ)を見つけたとたんに、大喜びで劉勇(ゆゆ)の近くに駆け寄ったのを俺は覚えている。それは、さながら子供が初めて遊園地や動物園に連れて行ってもらったときの、入口ゲートまで走り出すそれに似ていた。
現在、劉勇は独り暮らしをしており、高校近くのアパートに住んでいる。
よって、通学の途中にある劉勇のアパートは猫の手当てをするのにはちょうどいいと言うことで、俺はその場所を選んだのだ。
「はぁ~あ~」
俺は歩きながら、大きなあくびをした。
やっぱりまだ眠い。春眠曉を覚えずとは良く言ったものだな。と、俺はどうでも良いことをぼんやりと考えた。
相変わらず俺の後ろにいる利亜は猫に向かって、にゃん♪にゃん♪と声をかけており、時折、語尾を揚げて「にゃん?」だったり、頷きながら「にゃん」と言ったりしている。
あいつは猫語でも話しているつもりか。と俺は思った。と同時に、俺はそんな利亜の姿を見て、まるで母親が赤子をあやしているような神聖な描写のように見えた。
何故かずっとこの光景を見ていたい。俺は利亜の姿に目を奪われていた。
そして、俺はそんな気持ちのまま、試しに利亜が猫に何を話しているのか聞いてみることにした。
「なあ利亜、その黒猫に何を話しかけているんだ?」
利亜は猫をみながら俺の問いに答えるため口を開いた。
「三味線の皮について♪」
「って! おーい!」
俺の眠気は一気に覚めて、反射的に利亜に突っ込みを入れた。
「俺の穏やかな気持ちを返せー!」
俺は自分の感情を利亜にぶつけた。
「穏やかな気持ち?」
利亜は首をかしげながら、聞き返した。
俺は、はっとした。そして自分の顔が熱くなるのを感じた。
言える訳がない。俺が利亜の姿を見て、利亜はいいお母さんになるのだろうと思ったこと、そしてその姿を見ている俺の視点が……
考えているだけで恥ずかしくなった。
「なんでもない」
俺は焦った感じでとっさに答えた。ツッコミを入れたほうが自爆する。そんな不思議な光景である。
「にゃー」
黒猫は一声鳴いた。
「うん。うん。なるほどね」
利亜は、黒猫の声を聞くなり関心したように頷いた。
「おい。今その黒猫何て言ったんだ?」
俺は黒猫の鳴き声に納得した利亜の様子が不思議になり聞いてみた。
「うんとね。今は使える猫皮が少なくなって来たから、犬の皮を使う方が多くなったんだって。だから犬の意見も採り入れることが重要みたい。そして、そもそも自分は雄猫だからその議論には見解を持ち合わせてないだって。どうやら三味線の皮は雌猫の、しかも交尾前の皮を使うみたい」
「って、三味線の話しかい!しかもさっきの一声に、そこまでの意味があったなんて、猫語ってなんて万能なの!」
春は早口でツッコミを入れた。
「あはははは。しゅんくんはやっぱりおもしろいね」
利亜は猫を落とさないようにして背中を丸めて笑った。
「お前が不思議ちゃんみたいな事を言うからだろ」
春は失礼なと言うような口調で言う。
「うそだよ♪猫さんに三味線の皮の事なんて話さないよ♪」
「え?」
やられた。あのおっとりしている利亜に一枚やられた。
俺は多少の敗北感を背負いながらも、笑っている利亜に対して、もう一つ気になることを聞いた。
「三味線の事じゃないなら一体、何を話しかけていたんだ?」
その問いに、利亜は小さくうーんと唸ったあと
「ひみつだよ♪」
と言って、方目をつぶり人指しゆびを唇の上に持っていった。
「どゆこと?」
不思議がっている俺の様子を見て、利亜はしばらく笑顔を見せていた。
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