高波が子供をさらった

私達の運命は変えられないのかと言う質問がありますので、宿命や運命のあり方を今日は講釈します。宿命とは、生れた時から定められているもので変えられないものの事です。男として生れて来ても、最近では女性の様な身体に変身出来たり、戸籍までも女性に変わることの出来る世の中で、表面的には天然も養殖も見わけがつかないほどなんですが、それで解決出来る問題なんでしょうか!その様な邪道な世界は別として、あなたの親は誰で、あなたの性別は女でと言う風に変えることの出来ないものを宿命と言います。実は、この世を去る日も宿命として定められて居ます、例外をのぞいて。例外とは、世の中の役に立っている人は、目には見えない力に寄って寿命が延ばされることもあるんです。


運命は人が運んで来るものですから、変えられるとラッキーも講釈して居ますが、実は、運命も生まれて来る前にプログラムされて居て、私達の頭右斜め上45センチの処について居て下さる、お陰様が汗水を流してプログラム通りの現像を作り出してくれているので、変えられないと言う方が的を得ている様に思います。では、昨日のニュースを例に取って講釈しますと。


新潟県上越市の海岸で4日、子供3人を含む5人が亡くなった水難事故。突然襲った高波に、子供たちは瞬時にさらわれた。荒れる海に救助は難航し、目撃者は「もっと早く助けることができたら」と厳しい表情で話した。現場近くに住む佐藤文雄さん(72)は、波打ち際で遊ぶ子供たちを高台から眺め、「危ないな」と思っていたという。「次の瞬間に、3メートルぐらいの高い波が急に子供たちの手前まで来て、波で足をさらわれ海に引き込まれた。次の波にもまれ、あっという間に見えなくなった」と事故の様子を振り返った。


佐藤さんは救助のため自分の船から救命胴衣やロープを取り、数分後に現場へ戻った。海岸から20メートルほど沖で2人がもがいているのが見え、海に入ろうとしたが警察官に制止された。ロープを結んだ警察官が海に入って女児をつかみ、岸にいた約10人が引き上げたが、真っ青でぐったりした様子だったという。もう1人の救助のため、さらに2人の警察官が海に飛び込んだが、波が高くて引き返した。佐藤さんは「もう1人も海面でもがきながら、30分ぐらい頑張っていた」と、無念の表情を浮かべた。


近所の熊木松治さん(64)は「目の前で人が溺れているのに、波が高くて救助隊は何もできなかった。自分が行けたらと悔しかった」と唇をかんだ。ホテル経営会社社長箕輪隆さん(65)は、岸から4050メートル離れた波間から、人の頭が見え隠れしているのを目撃。「救助隊の人が海に入ったが、近づけなかった」とこわばった様子で話した。 


また、別のニュースでは、4日午後、石川県白山市の山間部で、クマの駆除のため山に入っていた猟友会の男性が、捕獲したクマに顔をかまれ、大けがをしました。この様な事故が防げると思いますか?すべて「タラ」の話しに成るでしょう。タラは北海道ですよ。そして二つの事故とも経験がその明暗を分けるポイントでしょう。実は、この様な話しを見聞きした人は、そのことから学習することを問われて居て、感情的にタラ話に時間を費やすだけでは折角のメッセージが台無しだと思いませんか。我が身に置き換えて考えることで、それぞれを成長させる為のメッセージなんです。


三十年ほど前の話しですが、天皇陛下を護衛に行く途中の警察官三人が、川で溺れている子供に出くわしたんです。独りは、自分は泳げないんだと言う。独りは、自分は着替えを持って居ないと言う。後の独りが、遅刻したら大変だぞと言い、三人の警察官は溺れる子供を見捨てて立ち去ったと言う報道がありました。その後マスコミもこの件について騒ぎせませんでした。この話しを見た時、ラッキーは、この世での現像はすべて必然的に生れて居て、変えることは出来ないものなんだと核心したんです。ラッキーがニ十五歳位の時だったかなぁー・・・それまでは、沢山の現像からうすうすとは感じていたんですが、この時、ラッキーの中では核心に変わりました。そして見聞きする現像は、自分達が学ぶ為のメッセージなんだと気づいたんです。


あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v


【ラッキーの一言】この世は、廻り舞台に成って居て、それぞれの人が演目を演じてくれているんです。


ラッキーでした(^O^)



事件事故の連鎖


事件事故の流れを見て居ると、同じような事件や事故が連鎖して起きてい

るように思うんですが、もし、そうだとしたら、何で、ですか!善い処に気が付きましたね。高校二年生の男子からの質問です。物事は、すべて必然的に起きていると言うことは、以前にも、何度も講釈している法則なんですが、事件や事故は、なぜ、連鎖するのか。コップに水が少しずつ溜まって行くと、必ず何時かは溢れるでしょう。それと同じ様に、どんな事件や事故でも、その現像を引き起こすエネルギーが、少しずつ溜まって行って眼に見える現像と成って現れて居るんです。その、共鳴し合うエネルギー量が大きい為に、似た様な現像が同時期に連鎖しているんです。




それを昔の人は、罰と言う言葉で表現していて、今回の韓国の船舶事故の後に列車事故が、この様な事件や事故を引き起こす原因は、競争心理のエネルギーが引き起こしているんです。競争心理は、自己中心の真理を強くしますから、自分さえ良かったら良い。人の事はどうでもいいと言う波動を強くし、物事を破壊させる現像を作り出すんです。




そして、その場に居合わせた人達と言うのは、どの様な人達かと言うと、宿命的にプログラムされて居た人達と、戦争などの犠牲者の様に、運命的に逆らえない流れに飲み込まれて犠牲に成った人達と、現像を引き起こしているエネルギーと同じ波長を強く持って居た人達です。そして、そんな中にあっても助かる人達が居ます。助かった人達と言うのは、偶然では無く必然的に生かされた人達で、この世でやらなければならない仕事や学びが残っている人達です。




船長、機関長を先頭に乗組員が一番に逃げ出して助かって居たでしょう。これも、彼らはここでは助かるように成って居て、これから先にも、彼らの役割と学びがあり、事故を糾明して行く為の重要な参考人でもありますから、死んで貰っては困るでしょう。この船舶の一件は、事故では無く、ラッキーに言わせれば事件で、彼らは殺人犯ですよ。宇宙の法則は、この様な感情は持ち合わせて居ませんから、投げかけたものが巡って何時かは現像と成って現れるだけで、宇宙の法則を知らない人達には理解するのは難しいと思います。投げたものが、リアルタイムで現像となって現れるのならば解りやすいんですが、その様に成らないものかと、ラッキーも天上界の暇人達に提案はして居るんですが、聞いてくれているのやら、居ないのやら糠に釘の様な気もしています。






えっ、暇人じゃないってか!忙し過ぎて、手足が廻らないとおっしって居られますので、だったら家に整体をしに来ればいいのに。なにが、忙しいのかはよく解りませんが、忙しいことにして置きます。逆らっても勝ち目が無いので・・・しゃじを投げる様な話しに成りますが、過去の地球の歴史では、人類は現在よりも進んだ文化を築いて居た時代もあったんですが、現在と同じで、自我の強い人達の手に寄って何度もニュートラルに成っては、出直して居るんですよ。その様な歴史があった事は、この日記を何時も読んで居る人達は潜在意識の中には、その記憶が残って居て、それだけの経験を積み重ねて成長している魂だから、ラッキーの講釈に興味を引かれるんです。まだ、波動の荒い魂だと、ラッキーの講釈に出会ことも無く、また、出会ったとしても、興味を引かれることも無く、物質的な価値観に夢を見て、物欲しげに寝言を語って居ますよ。




あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v




【ラッキーの一言】輪廻の法則が解らない人にとっては、無茶苦茶な話しですよ。




ラッキーでした(^O^)


















至福の時間


ラッキーが望む至福とは、日々の日記を読んでくれている人から、ラッキーはどんな人に思われて居るのやら!知るよしもないんですが。行き成りですが、世の中には、時間をもてあましている暇人は以外と多いもので、そんな暇人達の気が知れない。独りで居る時が人間に取っての最高の至福の時間だと思うからで、世の中の煩わしさに合わせる必要もないし、つまらない人の話しに合わる必要もない。人と話をするとついつい相手に合わせてしまい、自分の本音を話すことなど殆んど無く、世間との付き合いは一喜一憂することばかりで、平常心を保つ事は非常に難しいものです。


世間との付き合いが深く成るにつれ、損得勘定の計算ばかりに成り、あれこれと妄想が湧いて来て、自分自身を見失い、まるで悪酔いした酔っ払いの如しですよ。酔っ払って夢にうなされ、のた打ち回り、本当にやるべきことも忘れてしまう。人間誰しも、あてはまることで、物事の真理は未だ悟ることは出来ないにしても、煩わしい関係からは逃れて静かに暮らしたい。世間づきあいから逃れて、本来の自分の気持ちで、のんびりと静かに暮らしたい。ほんのわずかな時間でも、真理と寄り添った至福の時間を味わいたいですよ。


日常の雑事にも、義理のつき合いにも無頓着で、俗世間から逃れて暮らしたいと言うのがラッキーの望む至福で、望むって言っているけれど、現在もかなりそれに近い状態で、夢や希望を追いかけている人に言わせれば、もはや死人の如しかと言われかねない話しですけど。若い時には雑事にも、義理のつき合いにも盛んだったこともあったけど、それでもラッキーは、子供の頃から独りの時間を楽しんで居た気がします。独りが孤独だなんて思ったことも無く、だから、独りの時間が詰らないと言う人の気持ちが理解しがたいんです。何もしないでいい時間を独りで過ごすのは、人間に取って最高の至福の時間ですよ。そんな時に、ポントと閃きが来たり、何かに気づいたりするんですよ。それが嬉しかったり、楽しかったりに変わるんですよ。


けして人生に疲れて言っている話しでは無く、人間にとっての最高の至福の時は独りで居る時で、トイレの中は、本当の自分に戻って居て、一番落ち着く処だと思ったことは無いですか!そんな感じで、独りの時間を楽しむんですから、至福以外のなにものでもありませんよ。トイレの中はタイムかプルなのかも知れないなぁー・・・。それはそれとして、春の大祭があちらこちらで始まりましたね。京都は、伏見稲荷の祭りに葵祭、博多どんたくに、横浜みなと祭りに、浜松まつり、いいですよねぇー、祭りは。祭りだ、祭りだ、豊年祭りってか。いいものです、祭りは。非日常だから善いんだね・・・


あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v


【ラッキーの一言】また、ちょっと風邪気味の様で、第七頸椎の処が重く成って来ました。ここから風邪は入って来るんだぜ。


ラッキーでした(^O^)

ハレンチ犯罪


新横綱、鶴竜の兄弟子がJR秋葉原駅の上りエスカレーターで、女性のスカートの中を小型カメラで写して居た男を取り押さえた。暴れて逃げようとした瞬間、まわしを取るようにグッとベルトをつかみ、現行犯で取り押さえ、それを鶴竜も絶賛していたとか。こんなニュースがあるんですが、如何ですか。と、家のお客さんが、ラッキーに問うんです。読者の皆さんからのお叱りを覚悟で、本音を申し上げますと。何で、捕まえたんなぁー、逃がしてやったらえかったのにーと、言うのが正直な気持ちです。そんなことで、罪にしなくてもいいのに。もしも女性が気づいて、迷惑そうにして居たならば。こりゃーーーーと、一声あげて、ラッキーならば、後は逃げるに任せるんですが。新横綱の鶴竜も、この程度の器じゃー、来場所は厳しいなぁー・・・




この程度のことで、善いの悪いのと四の五の言いたくはありませんが、女性のスカートの中は、パンツも履いて居るだろうし、ストッキングも履いて居るだろうし、えぇー時々何も履いて無い女性が居るってか!!そうなんですよ、最近は、露出趣味の女性がもの凄く増えているのも事実で、露出している内に物足りなく成って来てエスカレーターするのもこの手の趣味なんです。真冬にコートの下は何も身に着けていなかったり。・・・話しが脱線して来て居ますので、元へ。スカートの中をのぞかれるのも女性としたら名誉なことですよ。本間に、のぞかれたくなかったら、スボンを履けば善いんですよ。何を履こうと自由だと言う声が聞こえて来る様ですが。・・・




昔は、板塀の節の穴から行水をして居る女性をのぞいて喜んだりしたものなんですよ、男と言う単純な生きものは。それで、のぞかれる女性も、少々期待もして居たんですよ。それが情緒と言うもので、悪気の無い人情ですよ。おばさんがシュミーズ姿で、タライで洗濯をする姿も善いもので、少し髪がほつれ、汗で頬に髪がまとわりついていたり居無かったり。善いものですよ、おばさんの色香も。それを、隙間からのぞき見て、男はおかずにして喜ぶんですから安上がりですよ。また健康な証拠でもあるんですよ。




綺麗なお姉さんは、その辺りは十分に理解していて、目線を感じたならば、少し身を固くし、様子を見て、のぞいて居るのが、好みのタイプだった成らば、観音開きがゆるく成り、好みのタイプじゃ無いと解るやいなや、観音様はお隠れに成ると言うのが決まりでした。それが、西東の容姿のお姉さんに成ると、何が腹が立つのか知りませんが、うるさいんですよプライバシーの侵害だの、ハレンチだ、人間のクズがすることだなどと、愛されたことが無いんでしょうね・・・




まだ、蚊帳を吊って居た頃には、のぞきに、夜這は夏の夜の娯楽で、スイカを食べる様なものだったんですよ。そして今も昔も変わらぬものは、この様な事情については、表向き、お堅い商売の御人が多かったことも事実の様です。人間は縛られて暮らすと、頭が可笑しく成って来る生きものなんですよ。ガンの発生率を見ても解るように、拘束が厳しい職業ほど、ガンになる率が高いことは、数字を見れば一目瞭然です。




本居宣長と言う、伊勢松坂出身の国学者が居りました。屋号は「すずや」伊勢松坂には、昔から白蛇伝説があり、夜な夜な白蛇が若い娘の寝間に忍びこんで来ると言うものなんですが、実は、宣長氏の一番の好物は、女性でありまして、すず屋のニ階に住まいして、鈴を一度鳴らすと本妻が、二度鳴らすと愛人がと言う風に、何と、沢山の女性と共に暮らして居たんだそうですが、それでも、夜な夜な白蛇と成って忍んで行くんですから、大した者ですよ。この頃には、いや、昭和の時代の頃までは、ストーカー殺人なんて聞いたことが無かったですよ。




五十八歳のおっさんが、三十八歳のスナック勤めの姉さんに、入れ上げた挙げ句にストーカー殺人ですよ。これね、警察に相談するから殺されるんですよ。警察と言う処は、犯人を捕まえてなんぼうの処なんですよ。なんじゃーかんじゃー言うても。それで、これからは加害者を精神科の方へ送り込んで、その方面から物の考え方を正す方向にする法律を作るとか言っているんだそうですが、話しに成りませんよ、幼稚過ぎて。女が欲しいんですから、女を五、六人与えて檻の中へ十日も一緒に入れてやったら善いんですよ。もう二度とストーカーなどしようとも思わなくなりますよ。ストーカーどころか去勢をして宗旨変えを志願するかも知れませんよ。




極端な話しに成りましたが、これが真理であり、こんなものなんですよ。男と言う生き物は抜かないとどうにもならないんですよ。昔、出家をして修行に励むも、どうしても色浴が断ち切れない。これが悪魔だとばかりに、己の一物をチョン切った僧侶の多いこと。兵隊さんの為に送り込んだ従軍慰安婦の問題を見ても解るでしょうに。何で慰安婦が必要だったのか。男とは、そう言う生きものなんですよ。次元の低い男ほど、性欲は強いもので、腹が空いて居ない限り女の事しか頭に無いのが男と言う生き物で、綺麗事ではどうにもならない生きもので、とにかく抜くことなんですよ。・・・




人生二升半と申しまして、二升半抜くと、最後は赤玉が出て打ち止めと相成ると、養生訓だったか?に、書いてありましたが、三升抜けば間違いないでしょう。この話しをある学者さんにしたら、真剣に計算して居ましたよ。一回の精子の量が何cc位だから、回数にしたら何回ぐらいだと。この程度ですよ学者さんの股間の程度も。ラッキーは、接して漏らさずですよ。十回堪えると仙人に成れる道が開かれるそうですから、目指すんだったらこちらですよ。何の話をしてたっけ・・・今日は、書き過ぎたのでこの辺りで失礼おば致します。




あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v




【ラッキーの一言】何かにつけて、情けない野暮な国に成ったものです。




ラッキーでした(^O^)























地球とお月様の関係


なんで、人が信じられない時代になってしまったんですか?何が、そうさせているんですか?と、心を痛めている中学生の女子からの問いです。いろいろな見方はあるでしょうが、ラッキーに言わせれば、競争心理が自己中心的な方向を作り出しているんです。自己中心的な方向に心が傾くと、利他の精神は消え去り、孤独に成って行くのは物事の道理です。自分の事しか考えないんだから、孤独に成って行くのは誰にでも解る道理だと思います。それでもお金さえあれば、楽しく生きて行けると人間は錯覚するんです。お金を沢山持って居たならば、他人も自分の処に集まって来て、ご機嫌を取ってくれるから益々タコの頭は有頂天になると言う図式です。


困ったものですよ、競争社会と言う奴は。で、ラッキーは、自己中の人達に悩まされて居ないのかと言うと、悩まされて居ると言うほどでは無いですが、自己中の人達は、日々の修行にムチをくれます。自己中の人達と言うのは、自分を中心に地球が回って居る人達ですから、ラッキーは、お月様に成ってついて行って居ます。頭は、満月です。それは、今生ラッキーが学ぶ為に通らなければ成らない道だからです。若い人にこの様な宣告をするのは厳しい話しに成るかも知れませんが、世の中は、もう根が腐って居て、利他の精神を求めても、もう無理です。他人に利他の精神を望むのはもう止めましょう。


他人に求めるのを止める。でも、自分だけは利他の精神を実行して行ったら良いんです。それがこの世での修行だと思って。そうする事が学びであり成長に繋がっている道だと言うことです。世の中の、損得勘定やプラス・マイナスの考え方の外に身を置いて、利他を優先して行くと、それだけで多くの人があなたに集まって来て元気を貰える。だから明るく元気なあなたで、自分らしく暮らす、ただそれだけで、あなたは得をすることに成るんです。反対に、どんな条件を持って居ても自分の利益ばかりを考えた行動は、何時の日か必ず孤独が取りつき淋しい人生を送ることに成ります。


上手に生きて行くコツは、物事の道理を人に投げかけて糾弾することでは無く、自分は黙って実践する事なんです。ただ、それだけのことです。解って貰おうなんて思っている内は亡者達のペースです。そして何時の日か、何であなたはそんなに楽しそうなの、何で何時も笑顔で居られるのと問われた時に、大したことでは無いですが、自分はこう思っているんだと教えてあげたら良いんです。もちろん、無料で、ですよ。それでも、楽しそうなあなたを見て面白くない人は結構居ます。それが人の世の中なんです・・・


あなたの幸せと健康を祈ります(^^)v


【ラッキーの一言】他人を変えようと思うな、自分が変われ。


ラッキーでした(^O^)