アクセスありがとうございます。

 

vol.100までは毎週書き続けると宣言し、ようやくこの日が来ました。

これ以降は、不定期更新となります。

vol.31〜100に関しては、記事を削除したり、記事の前の「vol.○○」の部分だけ削除し、内容を書き換えたり、自分の納得のいくものに変更していく予定です。

 

では早速、今回の話題。

前回の記事で、学習意欲が教育にとって一番大切だと語りましたが、個人的に一番大切にしたいことは、子どもの心です。

 

「心」が大きく揺さぶられたある思い出があります。

人には言いたくない苦い経験です。

すべて、実話です。

 

2,500字ぐらいあって長いので、ご了承ください。

 

 

 

小学5年生のとき、私のクラスは学級崩壊を起こしていました。

朝チャイムがなっていても、教室に戻ってこないクラスメートが5〜10人程度いました。

授業中も、それと同じ、いや、もっとたくさんの児童が教室を出て、廊下を走り回っていたり、校庭でキックベースをしていたり、今思い返してみると、相当な崩れ方をしていました。

 

ある時には、担任が友達を必要以上に叱り、その逆上した友達が教壇に立っている担任に向けてハサミを投げることがありました。

またある時には、別のクラスメートに、これまた必要以上に叱り、さらに煽った挙句、ドロップキックを食らって床に崩れました。

皆の前で担任が土下座をしたこともありました。

 

授業にならないので、1時間目から教務主任がずっと教室に来て、私たちのために時間を割いて、これからどう学校生活を送っていくか、一緒に話し合ってくれました。1日ばかりで解決する問題でもありません。いじめも日常茶飯事でしたので、何日も、何日も私のクラスに来ては、一生懸命問題解決を図ってくれました。

 

原因は、いろいろありました。担任の力量不足、それに尽きるのですが、相次ぐ「変更」をしたことが、学級崩壊につながっていきました。

一度言ったことを訂正したり、一度決めたことを変更したり、それが積もって信頼を無くしたのです。

担任の意向で、体育の授業を何度もしなかったことも、原因です。

体育の授業では、取っ組み合いをして怪我人が出るし、本当に、何をやってもダメなクラスでした。

 

 

そんな中、ある日、クラスメートのA君から、帰宅後、買い物に行こうと誘われました。

誘いに乗り、一緒に買い物に行くと、そのA君はなんと万引きをしました。当時、いけないことだとわかっていましたが、私はそれを止めることができませんでした。お前もやれ、そういう雰囲気でしたが、自分は小心者だったので、怖気付いてできませんでした。

 

数日後、A君が万引きしたことを、クラスで一番仲の良かった友達にだけ話しました。

と思っていましたが、今振り返ると他の友達にも話していたのかもしれません。何かしらの形で担任にそのことが伝わりました。

 

当時は土曜日も午前中3時間だけ学校がありました。土曜日の帰り際、一緒に買い物(万引き)に行ったA君と一緒に、担任に捕まりました。

教室で3人で事情聴取。A君は、万引きをしたことを認めず、あろうことか私がしたと、責任を押し付けました。

もう、こうなっては一筋縄ではいきません。

 

私はもちろんしていませんし、A君は私がしたと言い張るし、担任は痺れを切らし、私たち二人で話し合い、解決したら報告するよう言って席を立ちました。

当時の私にも問題がありました。良い子面をしていました。A君に対し、ちゃんと怒ってふざけるなと言えばいいのに、それもできず、担任からも叱られて泣くことしかできませんでした。情けないですね。

 

時間だけが過ぎていきます。3時間授業だったので、昼食も抜きです。午後から習い事もあるし、もう、精神的にも限界です。A君が盗んだのは6点。うち3点は自分が盗んだことにするから、残り3つはお前が盗んだことにしよう、私はそう提言し、A君もそれに乗りました。

その報告をしに、担任のところに行きました。

 

担任は意外な反応でした。A君が私に罪をなすりつけていることを見抜いていました。

だから、私も万引きをしていたという嘘の報告に驚いたのです。

まぁ今になって考えると、A君が万引きしていたことは、普段の生活態度から明白でした。

そもそも事情聴取の段階でも、担任はA君がやっただろうという雰囲気で話をしていましたし、実は2人ともやっていましたなんてふざけた話、信じられるものではありません。

 

それでも、A君が自分も万引きをしたことを認めたことで、解決に近づきました。

とりあえず2人とも万引きをした、それで話が終わり、下校して、母親に全て白状しました。

自分は万引きしていないけど、帰るために仕方なく、自分も万引きをしたことにしたと。

母親に連れられ学校に行きました。A君の母親も呼ばれました。

 

A君の母親が、意外と良い人でした。

私とA君の話を聞いて、A君の母親は、お前がやっただろの一点張りで詰め寄りました。

私の母親は、いやそこまで言わなくても...みたいなことを言っていましたが、A君の母親は「前もあったんですよ」と。

なんと万引きの常習犯だったようです。

その輝かしい経歴もあって、A君は泣く泣く自分だけやったことを認めました。

 

その日のうちに、万引きをしたお店へ謝罪に行きました。

このことは、後の全校集会でも校長から話題にされ、ああ、自分達のことだなぁと痛感しました。

これで、すべてが終わりました。

 

 

実は最後に、教務主任の先生が、私の人生を大きく変えてくれた出来事がありました。

どういう経緯か覚えていませんが、全容が明らかになり、万引きをした店に謝罪に行く直前に、教務主任の先生が私の前に現れました。私のクラスのために、日々ご尽力なさっていた先生です。私もクラスで話し合いのとき、積極的に意見を言っていたので、私のことも覚えていてくれました。

 

教務主任の先生が、ボロクソに泣き崩れている私の前に立ち、こう言いました。

「君は、そんなことをする子じゃない。」

なぜか教務主任の先生の目には、涙が溢れていました。

その先生は、私が万引きに手を染める人間ではないと確信していたようですし、何か信頼を寄せるものがあったのか、どんな時も、真っ直ぐ私と向き合ってくれました。言葉以上に、伝わってくるものがありました。

 

私はその言葉に救われました。

今でもその光景は脳裏に焼き付いていますし、それが今の私のすべてです。

心が大きく揺さぶられた1日でした。

それでも、A君が万引きしたこと、その場に居合わせたことを、ずっと闇に葬っていなくてよかったと、今になって思います。

 

今、教員をしているのは、その当時の教務主任の先生の影響です。

その先生との出会いがなくても、教員になったのかもしれません。

でも確実に言えることは、今のようには働けていないということ。

今でも自分を突き動かしている大切な思い出です。

 

 

話が長くなりました。

今回のテーマは、「心」です。

今の教育にとって、きっと一番大切なことは、前回の記事で書いた「学習意欲」に類するものであると確信をもっています。

それでも、私が教育で一番大切にしたいことは、「心」です。

 

ここからは持論なんですが、

きっと、人って、生きるための手段としていろんな欲望、食欲とか睡眠欲とかがあり、その一つが「学ぶ意欲」、「学習意欲」だと思うんです。そして、その意欲とは別に、でも同じぐらい大切なものとして、「心」があると思うんです。だから大切にしたいんです。

 

子どもの心を育む。それが、私にとっての教育です。