本 「今日の読み物」
 
 「文化の日」
 

 
「文化の日」は、国民の祝日の一つで、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」のを法定の趣旨とします。昭和23年に制定されました。
 

 
戦前は「明治節」といい、明治時代の天長節(明治天皇の誕生日)でした。昭和21年(1946)のこの日、戦争放棄・主権在民を宣言し、平和と文化を強調した日本国憲法が公布され、これを記念して文化の日が制定されました。
 

 
この日、皇居では文化勲章の授与式が行われます。また文化庁主催による芸術祭が開催されます。

 
 
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本 「明治神宮例祭」
 

 
明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする「明治神宮」は、明治45年7月30日明治天皇崩御、大正3年4月11日には昭憲皇太后が崩御の後、その遺徳を偲ぶ国民から、御神霊をお祀りして御聖徳を永遠に敬い、お慕いしたいとの願いから創建されました。
 

 
明治天皇が「うつせみの代々木の里はしづかにて都のほかのここちこそすれ」と詠んだ代々木の南豊島世伝御料地を境内地として、大正9年11月1日(1920)御鎮座となりました。
 

 
内・外苑一帯にわたって鬱蒼と茂る緑の森は、神宮御鎮座にあたり日本各地や朝鮮半島、台湾などから献木されたおよそ10万本、365種の人工林で面積は70万㎡。全国青年団による勤労奉仕により植樹が行われました。
 

 
昭和20年(1945)空襲の際に、社殿のほとんどが消失したましたが、昭和33年(1958)に再建されました。第二次世界大戦後は、宗教法人神社本庁の被包括宗教法人となり別表神社に指定されていましたが、平成16年(2004)神社本庁との包括関係を解消して単立神社となっています。
 

 
本殿を中心に厄除・七五三などの祈願を行う神楽殿、明治時代の宮廷文化を偲ぶ御祭神ゆかりの御物を陳列する宝物殿、御祭神の大御心を通じて健全なる日本精神を育成する至誠館など。
 

 
近頃パワースポットと騒がれている、加藤清正が掘ったと伝わる「清正の井」や、明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた「美しい花菖蒲」など、多くの見どころがあります。
 

 
初詣では、正月三箇日に300万人にのぼる日本一の参拝者数を集めています。
 

 
11月1日鎮座記念祭から秋の大祭などが行われ、3日には明治神宮で最も重要な祭儀が執り行われます。
 

 
明治神宮◇東京都渋谷区代々木神園町1-1
◇JR山手線「原宿駅」地下鉄千代田線「明治神宮駅」徒歩1分

◇東京メトロ千代田線「明治神宮前駅」、他
 

 
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本 「東京足立皿沼不動万灯祭」
 

 
関東三十六不動霊場第二十五番札所・皿沼山永昌院「皿沼不動尊」(さらぬまふどうそん)・天台宗寺門系「皿沼不動」の「不動明王」は、成田山から勧請したもの。「成田山」の揮額が残されています。
 

 
皿沼(さらぬま)は、東京都足立区西部の地名。江戸時代以前、この辺りは新義真言宗・實蔵寺の墓域にあたり、これを管理する御堂として「阿弥陀如来」を安置し創建されました。
 

 
江戸に徳川幕府が開かれると、皿沼周辺は幕府直轄の舎人領とされましたが、火災で焼け野原と化し、御堂も焼失してしまいましたが不思議と本尊だけは焼け残ったそうです。
 

 
寛永二年(1625)上野の東叡山實永寺が創建されると、幕府は同寺の寺領として皿沼一帯を寄進。これが機縁となって近隣には寺院が次々に創建されました。そして御堂も再建され、御本尊の阿弥陀仏を拝する念仏講が結成され、その活動を中心に寺勢は発展しました。
 

 
江戸を中心に成田不動への信仰が盛んになると、講社を組んで成田山へ詣でるようになり、ついには御前立不動明王の御本尊を勧請しました。
 

 
「万灯」(まんどう)とは、多くの灯火のこと。また、多くの灯明をともして、仏・菩薩を供養し、衆人の罪障を懺悔し、滅罪を祈願する法会のことをいいます。万灯祭と称して万灯供養が行なわれます。
 

 
皿沼不動◇東京都足立区皿沼1―4―2
◇JR「日暮里駅」バス30分
◇東武伊勢崎線「西新井駅」バス
◇首都高川口線「加賀出口」1㎞

 

 

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ベル 素敵な一日を

 

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