【課題】旅
【本文枚数】五枚
【人物】 里口伊織(25)会社員
サム(25)グルメデリの店員、ポーランド系アメリカ人
水野俊介(25)伊織の同僚

〈WALL LESS〉

○ニューヨーク・エジソンホテル客室(深夜)
暗い部屋でベッドに座り、携帯で話す里口伊織(25)。
伊織「コロンビア大学の学長取材は無事に終えました。明日は撮影の後、MoMAに。……わ~かってますよ。飽くまで仕っ……」
突然、通話の切れた携帯を眺める伊織。光るディスプレイに照らされた伊織の顔がひくつき、抑え切れない不敵な笑みが浮かび上がる。

○ミッドタウン・グルメデリ店内(朝)
エッグマフィンを指差し、無言で緊張気味に注文する伊織。サム(25)が応じて、
サム「(英語)卵は半熟? 硬め? ドリンクはいらないの? スムージーがお勧め」
伊織「(詰まりながら)アイキャンノットスピークイングリッシュ」
伊織、サムに縋るような視線を向ける。
サム「ハハッ!(英語)いいよ。スムージーは俺のおごり。その代わり、君はニューヨークを思い切り楽しんで」
伊織、サムの意向を感じ取り、頭を下げる。ウインクするサム。微笑む伊織。

○ブライアントパーク・芝生内
オープンカフェの席で、向かい合って座る伊織と水野俊介(25)。
水野「あの清掃員、若くて、体格もいいのに……。やっぱり黒人だと、このニューヨークではまだまだ良い職には就き難いのかな?」
伊織「反対に、ウォール街で見かけたエリートは、圧倒的に白人が多かったよね」
伊織と水野、コーヒーを啜りながら、公園内を行き交う人々を目で追う。
水野「この後、公立図書館の取材だけど、里口は? 夜はブルーマンの舞台を見よう。チケットは二人分、既に用意してある」
伊織「さすが水野! 持つべき者は、気の利く同期。じゃあ、私はMoMAへ行くかな」

○タイムズスクエア(夕)
夕立の跡が残る劇場地区。濡れたアスファルトがネオンに輝いている。
伊織、煙草を咥え、風に消されるライターの火に焦れて、右手を翳す。煙草を炙っていると、炎に照らされた掌が視界に入り、片口で微笑む伊織。
伊織、大通りの交差点へ向かう。摩天楼を仰ぎ見た瞬間、躓いて派手に転倒。顔を赤らめ、立ち上がれない伊織。
サム「(英語)君、大丈夫か? 余所見してちゃだめだ。怪我はない? しっかり立て」
声を掛けながら、軽々と伊織を抱え上げるサム。伊織、礼を言おうと涙目の顔を上げる。服の汚れを払ってやっているサムと伊織の視線が合う。
サム「(英語)わお! 朝の君か。泣いてる?」
伊織「アイキャンノットスピーク……」
サム「ユーキャンスピークイングリッシュ。(英語)俺はサム。君の名前は?」