グスタフ・クリムト作 『接吻』には、
恋人の頬に背後から口づける男と
その愛撫に恍惚の表情を浮かべて応える
女の姿が描かれています。

 

他者を愛することのできないわたくしは、
これまで自己愛にのみ生きてきました。
男の前で見せる振る舞いの全ては、
『接吻』に描かれている女の真似事に過ぎません。
面に浮かべる恍惚は、掻き抱かれるべき存在であり得た
わたくし自身への賛歌であり、
閉じられた眼差しの向こうには
ただわたくしのみが映っているのです。

もはや、わたくしの胸襟(きょうきん)の何処を探ったとて、
愛すべき人の影を見出すことは、生涯叶わないでしょう。
そうした自身の如何ともしがたい冷酷さに触れるたび、
わたくしは孤独を思い知るのです。

 

鳩尾(みぞおち)に添えていた利き手が
ぐしゃりと胸襟を掴みました――。
そうして、自らの体幹を衝くと、
ただひとつ心臓を攫(つか)んで、
背中を真っ直ぐに抜けていったのです。
わたくしの背後に、真っ赤なあだ花を手向けたのは、
わたくしの意志のほかなりません。
垂れ下がった手首の向こう側に見つけた“心の在るべき処”へ、
わたくしの心が、今ようやく還っていきます。

  

脈動の間隔が、途方もない距離をもって
喉をせり上がる最期の瞬間、
わたくしはあなたに告白しましょう。
このあだ花が、惜しみなく愛を与え続けてくださったあなたへの、
せめてもの餞(はなむけ)であることを。

 

ああ・・・光を含んだ透明な鮮血が、床を濡らしていきます。
どうか、背後からわたくしを
そんなに優しく抱き竦めないでください。
わたくしはただ、このあだ花を
あなたに受け取っていただきたいだけなのですから・・・

 

 
(※)胸襟⇒心の中
(※)体幹⇒人間の胴