日はマニアックな競馬のお話。
興味無い人がほとんどでしょう。
何となく……ごめんね。

 

私の一番好きな馬の名は、ステイゴールドと言います。
漢字だと「黄金旅程」と表される牡のサラブレッドです。

彼はすでに引退し、現在、ビッグレッドファームという生産牧場で
種牡馬(お父さん馬)として活躍しています。
先日の日本ダービーで4着に食い込んだ
ナカヤマフェスタ(♂)は、彼の息子だったりします。
現役の古馬(4歳以上)なら、ドリームジャーニー(♂)が
ステゴ(ステイゴールドの略称)産駒の中で
今のところ一番の出世頭かと思います。


Don’t U θink?-ステイゴールド現在

 
ステゴさん、穏やかな爺さんみたいな顔で写真に映っていますが、
ターフを駆けていた頃は、気性が悪い(荒い)ので有名でした。
競走途中に騎手を振り落として競走を拒否したり、
他馬を見かけると威嚇(噛む、蹴る)したり、
人間にも最後まで懐かない、強い自我をもった馬だったそうです。
実際に彼を育て上げた池江泰郎調教師や池江敏行調教助手、
山元厩務員の著書・インタビューからも、
かなり扱いづらい馬だったことがわかります。
しかしながら、競走馬のこういった気性の激しさは、
闘争本能の表れでもあります。
彼は、自身の気性難を勝負根性に結びつけ、
ど根性の走りを何度も我々に見せてくれました。

ステイゴールドは、2歳~7歳を現役競走馬として生き、
50戦7勝の実績を残しました。
超一流馬や良血馬は、生涯で10~15戦すればいいところです。
名馬に数えられる馬なら、出走回数が一桁で引退、

なんてことも珍しくありません。
ケガでもさせて、もし死なせたら、
繁殖で見込まれる莫大なお金が露と消えてしまいます。

馬主はそれを危惧し、また、新たなる金の成る馬の生産を目指して
よく走る馬、良血馬ほど健康なうちに引退させ、

繁殖入りさせるのが通例です。

特に牡馬は、引退後に種牡馬に上がれるのは

ごく一握りの実績ある馬だけに限られます。

それゆえに、大事をとって早くに引退を迎える場合があるのです。
ステゴの勝鞍7勝は前代未聞の大記録ではありません。
しかし、出走50戦はかなり凄い数字です。
中央競馬所属のサラブレッドで、
50戦を無事に走り切った馬はそうはいません。
この丈夫さは、ステゴならではの優れた資質でした。

ステゴほど“無事是名馬”(無事でいてこそ名馬であるという意味)

体現した馬はいないでしょう。
出走数だけでも驚異的なのに、
彼はGⅠ出走が常連の実力馬でもありました。
GⅠに出走するだけでも大変なことなのに、
彼はその激しく厳しい戦いの舞台に何度も上がり、
耐えて耐えて、50戦も走り抜いたのです。

しかし、丈夫な反面、彼は牝馬にも体格が劣る
小柄な馬でもありました。
馬体重450~500kg以上の一流馬たちを相手に、
ステゴは420kgそこそこの小さな馬体で、GⅠでも好走し続けました。
観客の大歓声の中でゴール板に突っ込む優勝馬の側には、
たいていステゴがいました。フィニッシュの写真にも、
よく彼の馬体や横顔が途中で切れて映っていました。
2着・3着……、いいところまで迫って来るのに、
どうにも勝ちきれない日々が続きました。
そんな彼を、「シルバーコレクター」、さらには名前を揶揄して、
「ゴールドの前でステイ(足踏み)」などと呼ぶ者もいました。

 


Don’t U θink?-天皇賞(秋)1999年10月31日

手前はかの有名な名馬スペシャルウィーク。

その奥にいる「6」が鼻差の2着に食い込んだステゴです。

1999年10月31日天皇賞秋(GⅠ)の光景です。

この惜敗の連続は、阿寒湖特別の勝鞍を最後に、
およそ3年間もの間続きます。
GⅠで2・3着に食い込む実力馬なのに、格下相手が多いGⅡでも
なぜだか勝ちきれないまま、彼は6歳を迎えます。
すぐ眼の前にあって今にも掴めそうなのに、遠い遠い一勝……
惜敗を繰り返す彼を何度目の当たりにしても、
関係者やファン達は、いつか彼が勝ってくれると信じていました。
ステゴには、人をそんな気にさせる魅力がありました。
負けても負けても決して腐らず、一生懸命に走り続ける彼の姿に
人は憧れ、さまざまな想いを重ね、そして、夢を託したのです。
求心力の塊のような馬、それがステイゴールドです。
 
2000年5月20日、目黒記念――。
彼はそんな人々の心に応えるかのように
とうとう一着でゴール板を駆け抜けます。
 
雨天の東京競馬場、レースはGⅡにも関わらず、
観客のいるスタンドから怒涛のような歓声が湧き上がりました。
騎乗していた武豊騎手が、「GⅡでこんな歓声、聞いたことがない」
と言ったくらい、その歓声は大きく、あたたかいものでした。
決して超一流じゃないけれど、勝ちきれない試合がたくさんあったけど、
ステゴにはいつの間にかたくさんのファンがついていました。

遅咲きのステゴは、その後、日経新春杯(GⅡ)を優勝。
日本であれほど勝ちきれなかったのに、初の海外で
あっさり重賞(GⅡ・ドバイシーマC)を勝ち取ってきます。
超一流馬でも、海外遠征ではうまく勝てないことが多いのに、
このあたりの図太さ、タフさがまさにステゴならでは。
また、京都大賞典(GⅡ)では、当時の最強馬であった
テイエムオペラオー、そして、菊花賞馬ナリタトップロードと
壮絶な叩き合いの末、競り落とします。
しかし、最後の直線でステゴが斜行して、
テイエムオペラオーと馬体がぶつかり、
これに挟まれたナリタトップロードの鞍上
渡辺薫彦騎手を落馬させたことで
1位入線は取り消され、ステゴは失格となりました。
ステゴは、どこまでも、もどかしい命運を背負った馬です。

そして、彼にもとうとう引退の日がやってきます。
通算50戦目となる最後のレースは海外。
ファンは日本での引退を望んで嘆いたけれど、
陣営は心を鬼にして、GI・香港ヴァーズにステゴを挑ませました。
関係者たちは、最後の最後まで、ステゴのGⅠ勝利を諦めなかったのです。

そこで、奇跡は起こります――。
競馬を知っている者なら、「もう先頭の馬には届かない」
と思える距離まで来て、さらにステゴは内へヨレてしまいます。
しかも前を走っているのは、
ドバイの名門ゴドルフィン軍団の一角、エクラー。
絶望的な光景――。
誰もが「2着か……」と諦めかけたその瞬間、
斜行しすぎて内ラチにぶつかった(?)彼は、
生涯最高の鬼脚を繰り出します。
人間なら「おんどりゃー!!!」と
雄たけびが聞こえてきそうな凄まじい走り。
あの武豊騎手をして「背中に羽が生えた」とまで言わしめた
ステゴ最後の末脚は、本当に物凄いものでした。
あの一瞬の脚は、伝説の名馬ディープインパクトの末脚より
上だったかもしれないと私は本気で思っています。
こうして、ステゴは「ステイゴールド」の名のとおり、
最後に黄金(金メダル)に至ります。
これまでの彼の競走馬人生は、まさに「黄金旅程」でした。
最後の最後に、名が示す壮大なドラマを皆に教えてくれました。

 

【香港ヴァーズ 動画リンク】※YOUTUBE

http://www.youtube.com/watch?v=QInd_ApcU7w

けれどステゴはやっぱりステゴ。
口撮り(優勝馬と馬主、関係者らの記念撮影)の後、
ハミが外れた一瞬の隙をついて、

ステゴは勝手気ままに走り回ろうとしたそうです。
武豊騎手は振り落とされないようにタテガミにしがみつき、
厩務員の山元さんは手綱にぶら下がってステゴに取りすがり、
どうにか放馬を免れたといいます。
そんなわけで、ステゴは奇跡を起こすグレイトホースである反面、
結局最後まで、極度の気性難が直らなかった馬でした。

帰国後のステゴには、名馬だけに許される引退式が開か
れました。
彼はたくさんのファンに見守られながら、ターフを去っていったのです。
そこでも、視界から姿が見切れる最後の瞬間に

寂しさと感動で涙する観客に向かって

尻っぱね(飛び蹴り)をぶちかまして、去って行ったとのことです……。

稀代のやんちゃ馬、ステイゴールド。
研ぎ澄まされたオーラを放ちながら悠々と闊歩する超一流馬にはない
その無茶ぶり、やんちゃぶりが“らしい”と言われる馬でした。
私はそんなステイゴールドが、本当に大好きです。

キレイな馬体、忘れません(ってまだ生きてるけど)。
小さいけれど、体躯のバランスが良くて、
「俺はエライ」と語るその鋭い眼差しと、
細めの鼻がめちゃめちゃ男前でした。
ナカヤマフェスタの横顔を見ていると、
ステイゴールドに似ているなと感じる瞬間があります。
あの子はきっと、まだまだ強くなります。
遅咲きだった父ちゃんみたいに
彼もまた

ジワジワと高みへと這い上がって行くことでしょう。
そして、できることなら、いつか父ちゃんを超えて、
後継種牡馬となり、ステゴの血脈を広げていってほしい。
いつかまたターフで会いたいです。
濡れたようなつややかな黒い馬体が最高に格好良くて、
どうしようもない気性難で、そのくせ心を打つ走りを見せてくれる
ステイゴールドにそっくりの産駒に会いたいんです。
 
全成績50戦7勝。
獲得賞金7億6299万円。
歴代競走馬20位のこの記録は、2・3着、ときどき1着で
コツコツ稼いだ、
彼だけの勲章です。
“普通”に当てはまらない彼だからこそ見せてくれた夢の数々。
本当に感動しました。ステイちゃん、ありがとう。
今も、これからも、私にとっての最高の名馬はステイです。

長生きしてください。そして、いつか北海道で必ず会いましょう。

尻っぱね、しないでくださいね(汗)

北海道まで会いに行って、尻っぱねは凹むわ。


Don’t U θink?-黄金旅程

 
競馬はドラマです。
馬の数だけ、個性があって、物語があります。
馬券を買うのも好きだけれど、
私は、人と馬が織り成す、競馬という物語が好きです。