ある社会学者の先生の講演を聞いて思ったこと。
私が今まで、機会があれば主張してきた
「実力主義」や「自己責任」の概念は、
全員が対等な立場と権力を持った社会のみに
通用するのですね。
強者と弱者が共存する実社会で、
個人の能力だけが結果を決めるという考え方は、
確かに不公平かもしれない。
今日は、そんなことに改めて気付いたのでした。
その先生は「女は子供を産んだ時に弱者になる」
と言っていましたが、確かに私もそれを経験しました。
しかも、社会の中で弱者になるだけでなく、
家庭内でも弱者になったなぁ~とも思います。
独身の頃は、
同年齢の男性より高い所得を得ていたのに、
結婚して
「家事」という仕事の7~8割りを担うようになると、
夫と比べて私の経済的貢献度が低下しました。
でも「もっと仕事に集中させてくれ~」と
こぼす夫には、なぜか
それ以上のサポートを求めることができず。
そののち「育児」という仕事を9割方任されて、
さらに経済力を失う自分にがっかりしていました。
夫が思うように稼げないときは、
妻である私がもっと支えなければいけないと、
自分にも責任を感じる一方で、
自分の経済力の低下は家族の支え云々ではなく、
自分の責任だと感じてしまうのはなぜでしょう?
少子化に悩む社会では、
自分が決めたこととはいえ、
子供を産み育てることは、それはそれは大事な仕事。
報酬を求めないとしても、
立派な経済活動であることを、
もっと広く認めてもらいたいですね。
夫に私の貢献度を認めてもらいたいだけではなく、
社会からも、国からも、公に評価されたいものです。
せめて、こんなふうに…
「本当にご苦労様です。
毎日大変でしょうが、
その愛情の手を休めることなく、
どうかお子様を立派な社会人に育ててください!
不都合や不便がありましたら、
何なりとお申し付けください。
いつでも助けが駆けつけます!」
というわけには、いかないでしょうけど…
まずは、私自身の思い込みを改めます。
夫と同じように働き、稼げるまで
自分が中途半端だという思い込みを!
自分の現状を理解して、
そのありのままの素晴らしさを
感じることができたら、それが真の幸せですよね♪
私が今まで、機会があれば主張してきた
「実力主義」や「自己責任」の概念は、
全員が対等な立場と権力を持った社会のみに
通用するのですね。
強者と弱者が共存する実社会で、
個人の能力だけが結果を決めるという考え方は、
確かに不公平かもしれない。
今日は、そんなことに改めて気付いたのでした。
その先生は「女は子供を産んだ時に弱者になる」
と言っていましたが、確かに私もそれを経験しました。
しかも、社会の中で弱者になるだけでなく、
家庭内でも弱者になったなぁ~とも思います。
独身の頃は、
同年齢の男性より高い所得を得ていたのに、
結婚して
「家事」という仕事の7~8割りを担うようになると、
夫と比べて私の経済的貢献度が低下しました。
でも「もっと仕事に集中させてくれ~」と
こぼす夫には、なぜか
それ以上のサポートを求めることができず。
そののち「育児」という仕事を9割方任されて、
さらに経済力を失う自分にがっかりしていました。
夫が思うように稼げないときは、
妻である私がもっと支えなければいけないと、
自分にも責任を感じる一方で、
自分の経済力の低下は家族の支え云々ではなく、
自分の責任だと感じてしまうのはなぜでしょう?
少子化に悩む社会では、
自分が決めたこととはいえ、
子供を産み育てることは、それはそれは大事な仕事。
報酬を求めないとしても、
立派な経済活動であることを、
もっと広く認めてもらいたいですね。
夫に私の貢献度を認めてもらいたいだけではなく、
社会からも、国からも、公に評価されたいものです。
せめて、こんなふうに…
「本当にご苦労様です。
毎日大変でしょうが、
その愛情の手を休めることなく、
どうかお子様を立派な社会人に育ててください!
不都合や不便がありましたら、
何なりとお申し付けください。
いつでも助けが駆けつけます!」
というわけには、いかないでしょうけど…
まずは、私自身の思い込みを改めます。
夫と同じように働き、稼げるまで
自分が中途半端だという思い込みを!
自分の現状を理解して、
そのありのままの素晴らしさを
感じることができたら、それが真の幸せですよね♪