本日は、送って頂いた質問への回答です。
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Q.
こんにちは。
歯切れのいい文章に、いつもすかっとさせていただいています。
スピ系のブログは数あれど、こちらのように明快に答えをくれるブログは少ない気がします。

私も質問します。
たとえば「小説家になりたい」人がある新人賞を狙っていたとします。
大賞をとれば即デビュー、そういう賞です。
それをAさんとBさんが同じように引き寄せの法則をつかった場合、どちらに軍配があがるんでしょうか。

以前から疑問で、同じような質問をされてるのを見るのですが、「AとBのどっちが熱烈に欲しがっているか、その差で決まる」「AとBは同じ次元にいつもいるわけではないので、それぞれの次元で希をかなえる」という答えを見たことがあります。

私はゆるーくスピを楽しんでいるので、へえ~と納得したのですが、わかったようなわからないような…
(ただ、熱烈に思ったほう、という答えの方が、「賞」というのにも実は意思がある、とお答えされてたのがすごく面白かった)

で、すぱっとしたお答えをくださるAmyさんの見解もお伺いしてみたいです!
よろしくお願いします。


A.
こちらの質問を頂いたあと、『「賞」そのものは誰のものになるかはわからないけど、ふたりともデビューという機会にはなんらかの形で恵まれる、ということですね…?』と質問者さんから再度メールを頂きましたが、そのようになる可能性も大きいです。


何度か書きましたが、願いというのは、「どうして」の部分が本質なのです。

願いの本質

本人が、「どうして」賞を取りたいのか、その理由にもよりますが、その理由の部分が叶います。

小説家になりたい、というのが理由かもしれませんが、本当に小説家になる人は、小説という形で自分を表現したい、というのがまず原点で、それが願いの本質なのだと思います。小説という形で自分を表現したい、であれば、小説を書いて応募している時点で、既にこの人の願いは叶っていることになります。

そして、あとは小説という手段が自分の生活を支えると本人が信じていれば、小説家という職業になることができます。

賞が取れるかどうか、というのは、コントロールできない部分のように思います。というのも、賞が欲しい、というのは願いの本質ではなく、願いの本質に付随するものだからです。

賞が取れるかどうかは宇宙に任せ、自分の表現したいものを表現する。
そうすることが、自分の願いを叶える最短距離ではないでしょうか。


この事は小説に限らずすべてに言えます。
自分自身を生きて、あとは宇宙に任せていれば、願いは叶うのです。


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