昨日、主人のガラクタが入っている箱の中からちょっと不思議なもの発見。!!


偶然にも私とまったく同じパワーストーンがあったんです。本当に長さから色から全て一緒ですよ。叫び


こんな偶然ってあるんですか。主人が母親から、アメリカに来るずっと前に、持たされたらしいのだが、すっかり


忘れてガラクタ箱に、保管してあったんです。


本当に驚きました。まったく同じなんですから。それは、ブレスレットで主人には


細すぎて数珠代わりにとするようにと言われたらしい。。。。捨てずにあるだけましだよね。


母親って子供のことを、目では見えないけど、深い愛でいつも身守ってくれているんですね。


まあ、うらやましい限りですわ~。目


私の母親は、若くして結婚したせいか、母性本能がはあるにはあるのですが


ちょっと普通の人とは違うかも。。。。。物にも子供にも異常に執着心があり


それは、ダレも止められないのです。平常心を失うほどですね。


好きな相手に対しても、自分が電話した時につながらないとか、着信拒否が


明らかに分かる態度であれば、その場所に行っちゃいますよ。それが、夜中でも関係ない。


激しいというかパッションなのかよく分かりません。そんな時は、理性を完全に失っていますから


私達の想像を絶する行動と言動をするんですよね。クワバラクワバラ。。。。ドクロ


それと、自分の思い通りにならないことに、腹がたつらしい。私が幼い頃、親の言うことは絶対服従でしたから


今の時代の子供たちのように、親に言い返すなんて怖くてできなかった。ただ、ひたすら


時間が経って自分が成長するのを待つことしか出来ない。でも、いざ大人になって自立しても


状況はあまり変わらなかった。ある一定の年齢まで私が働いたお給料は自分で使えなかったなぁ。


母親が管理していたので、収入があっても実感がわかず


お友達との会話の中で、初めて私だけが母親にお給料を預けていることに気づき


母親に聞いたぐらいだし。。。。。ぼ~としていたんです。その後から私の反乱が始まり


母親は、周りに悪いお友達がいるから娘に悪影響を及ぼすと嘆いていました。


一昔前、宮沢りえの母親が一躍有名になりましたが、私の母親は、りえママをはるかに越えていた


いや、超えている。。。。現在進行形かなぁ。


母親が年齢を重ねるほど落ち着くと思いきや、違う意味でわがままになっていくんですよね。


最近は、私も疲れたのでほとんど絶縁状態です。一方的な電話攻撃なので


こちらも居留守作戦です。会話をすることによってかなりのストレスになるので


今は、私も自分が第一になってきて、身をかわすことも覚えました。ちょっと知恵もついてきたのかしら。


大人になって思うことは、言葉の暴力のほうが、傷が深いことに気がつきました。できるだけ


傷を負わないように避けることも時には、必要かもしれません。


私の母親は、いつになれば本当の幸せをつかめるのかしら。。。。。ある意味、もう幸せなのではないかしら。


何事にも全力投球ですから。


幸せって普通に生活できることなんだけど、彼女にとっては、何か普通の人とは違う意味の


大きな夢を抱いているみたい。さて、それが何なのか私には、分かりませんが。。。。


人間、そう簡単に変わることは出来ないが、自分が気がついて


意識的に変化しようと努力すれば

いくらか変われるかも。そんな期待を母に持っているのですが、どうでしょうね。。。。 

あれから10年も年月が経ったなんて信じられない。


9.11のあの日は、私と娘はアメリカにはおらず、主人だけアメリカにいたんです。


私と娘だけ先に韓国に滞在して、9月17日に主人と日本で待ち合わせでした。


私と娘が韓国に先に渡航していたのには、理由がありました。おばあちゃん(私の)が韓国から長期滞在していて


韓国に帰国する際、誰も迎えに来ないので私がまあ、エスコートみたいな感じで一緒に帰国することに


なったのです。おばあちゃんは、元気だったんですが82歳と高齢の為、長時間の飛行機は


少し不安だったみたい。今になって思うのは、なぜか


叔母がその時期にわざわざイスラエルに旅行の予定を立ててしまう。


聖地をめぐる宗教団体の旅行だったみたいだけど、おばあちゃんは、”気にしないで行ってきなさい”と口では


言ってるけど、本音は、ちょっと寂しかったと思う。


まあ、そのおかげで、おばあちゃんと私が過ごしたちょっとした幸せなひと時だった。。。。。


後から、忘れられないくらい楽しかったとおばあちゃんから言われたので、嬉しかったですね。


3歳になったばかりの娘と82歳の高齢のおばあちゃんを連れての飛行機はちょっと大変でした。


おばあちゃんにとって、その旅行が最後になってしまったんですが。。。。。


その時に出来ることをしてあげるのが一番よね。明日、何が起こるかわからない。


今日は、アメリカの国民が予期せぬ恐ろしい事件を経験した忘れられない日。


10年も時が過ぎたけど、残された家族は前を向いて生きていくしかない。


それを思い知らされる悲しい日なのです。


遺族の方が名前を読み上げる追悼式は、なぜか、聞いているだけで、とても悲しい気持ちになり


涙腺が緩んでしまう。当たり前と思う毎日の生活は、生かされていると思い


大切に生きていかないとね。そして、日々、感謝の気持ちを忘れずに!







この頃、雨が降り過ぎでっせ。!! どういうことか、空に聞きたいわ。


悲しい出来事や恐ろしい天災の後って、雨が降っていたような気がする。雨


人間の力では、いくら技術が発展しても、どうすることも出来ない。


避難訓練は、被害を最小限にする為に事前に練習するんでしょう。でも、ほとんどの場合は


想定外の事が起きるんだから。目


若い時に、CAを10年ほどしていたせいか、火の元の管理に異常にうるさいし、異臭なんかすると


火事じゃないかとすぐに疑ってしまう悪い癖がいまだに残ってます。むっ


夢も1年に一度くらいは、自分が乗務しているとか飛行機が墜落する夢を見て


危機一髪のところで、目が覚めます。恐ろしいわ~叫び


職業病みたいな感じかしらね。10年も飛行機ばかりで、その反動なのか


今では、飛行機に乗るのがあまり得意ではないし、どちらかと言うと嫌いです。


時差ぼけなんて、いつも抱えていたので、へんな時間にお腹がすくのが当たり前な生活。


乗務してすぐは、アラスカ経由のヨーロッパ行きが主流で


とても長い海外滞在になってしまい、つきの半分以上は家を空けてましたからね。


若いから出来た仕事です。航空会社によっていろんな規定がありますが


CAの外見をかなり重要視する東洋系の航空会社は、ニキビができたら


すぐに地上勤務に変えられてしまうんですよ。それとか、面接の時に、腕に傷がないか


念入りにチェックするほど、外見を重要視。!! でも、私の働いていた会社は、体力勝負なので


外見には、さほどこだわらなかった気がする。


まあ、分からなくもないですがね。サービス業で働いている人は、やはり見た目が第一。


いくらいい品物でも、販売員がいまいちだと売れません。


おいしいスウーツのお店でも、販売員の外見がちょっと不潔だったり、不親切だとOUTですよね。


それだけ人選も大切だし、最終的には人の力が一番。


ブサイクがダメとは言いたくないけど、きれいごとじゃなく


本音トークで言いますと。。。。この世の中は、外見重視で~す。


結婚相手を選ぶ時も、最初に会った30秒の印象でほとんど決まるらしいから。本当かうそか


信じるのはアナタで~す。