3歳から日本で暮らしていたせいか、思考もかなり日本より。。。
父の仕事の関係で日本の生活が始まった幼少時代。1年に2~3回は、一時帰国していたのですが
日本で生活する期間が長くなればなるほど、韓国に帰国するのが取っても嫌だった。
嫌な理由の一つとして、韓国に到着すると、なんか暗くて楽しくなさそうな感じがした。
今の韓国とはあまりにも違いすぎる。
あの時代は、いろいろ規制があり生活するのが大変そうだった。
驚いたのは、国際電話をかけるのにオペレーターに申請して30分ぐらいしてから
オペレーターからコールバックで通話可能。なんともややこしい。
海外旅行が自由になったのが、88年のソウルオリンピックの後でした。私達家族の帰省する時は
両方の家族が総出で空港に迎えに来ていたのを今でも覚えています。一緒にタクシーに乗れる人数でも
ないのに、本当に子供ながら不思議でした。みんな、海外旅行にあこがれていたので
空港に行くことが一つの自慢だったのかしら。父方のほうがなぜか決定権を持っていて
母方の両親は、いつもひっそりと迎えにきていて、娘や孫に会いたくて
あの時代、空港までの交通手段が整備されてなくて、時間もかかっただろうに
そんな疲れた様子を見せることなく、いつも笑顔で迎えてくれたおじいちゃんとおばあちゃん。
母方の親戚には、挨拶するのは、ほんの一瞬で、父方の実家に直行するんですよ。今思えば
ちょっと酷じゃないですかね。時代が男性がかなり上でしたから。現在とはまったく逆ですよね。
滞在期間のほとんどを父方の実家で過ごすのですが、母方の実家に立ち寄るのは
一日だけで、それも2時間ぐらいだった気がする。私達の為に、おばあちゃんはいろんなご馳走を
準備して待っていてくれたんだけど、いつも父が早く帰りたいのか、周りの人をばたばたさせて
忙しいので失礼するみたいな空気を出していましたね。
それでも、娘に会えて本当に幸せそうな祖父母でした。海外に住んでいるのも自慢の種だったのでしょう。
帰国の日を父が祖父母に伝えると、またまた家族大移動みたいに、空港に見送りに来るんです。
行きと帰りがセットですからね。これがほとんど毎回のことなんです。本当に祖父母は、大変だったと思います。
父方の親戚は、現実的なので迎えに来てくれた人にかなり大盤振る舞いをする(おこづかい)ので
それが楽しみだったのではないのかな。私が大人になって思ったのは、父のような人はいなかった。
人に対して思いやりがあり、知り合いの家族と食事に行っても誰よりも先にこっそり会計を済ませて
しまう素敵な紳士タイプ。お金のことで、ごちゃごちゃ言うのが一番嫌いでした。
だからお金持ちになれなかったのかな。
小さいときから、冷静だったせいかいろんな細かいことを覚えている私。
まだまだ、書きたい事がいっぱいだけど、今日はここまでかな。