呼吸法には時間がかかるとか、

魂の準備がないと呼吸法は入らないとか、

言われたことがあったなあ。




そういえば、教えてもらってから、

10年たったんじゃないかと、

今朝気がついた。




10年って始める時は途方もないなと思ったが

あっという間だったし、

まだまだやとも思った。




そういえば半ばクンダリニー問題で、

色々と手こずり、

なかなか慌しかった10年だったので

これからは気長に、

じっくり取り組みたいと思ってるのだけど

わからん(笑




それでいろいろなことが、

浮き彫りにされたところもあったから、

それはいい経験になったと

今は思う。








そういえば、うつ病の時に、

「私がうつじゃない!」

つまり病気=私自体じゃないというところで、

怒りが込み上げてきたことがあった。




そんなことがあってから、

「私=症候群」じゃない、

と思った節があったのかもしれん。




ニコイチエネルギーに対して、

ある意味無謀なことをしてたかもと(笑




とにかく、

「エロス」と「それ」が全く違うことが、

そのことで明白になった。








じゃーなんで、

そのコアな経験をしたのかな?

ずっと疑問だったのだけど…




今に至っては結果論でしかないのだけど、

私のブログなので、

整理したところをちょっと書いてみる。







なぜニコイチエネルギーが発働したのか?




そもそもが

「自分の本当のことが知りたい。」

そのことを、しかも命懸けで、

願ってしまったことが原因。




そこから「自己を辿る」

怒涛の改革が始まりだしたのは確か。




それが誕生へ遡る感じにもなった。




その筋で言われることだが、

今はそれで納得している。







今朝、呼吸法から瞑想に入った時に、

珍しくその辺に触れた気がした。




全てが繋がってるところに、

「本体」があるというか、

それが「一体」というか。




幸せというか、

平和というか、

繋がってた。




みんなが1本の紐を持って、

繋がってる感じがする。






そのつながりに、

不幸、不安のかけら、

それが忍び寄ってくる陰もない。




かといって、

眩しくて目を閉じるほどの、

権威的で強烈で神々しいこともない。




満ち満ちとした明るさを胸から感じた。




こういう時、自分に身体があって、

呼吸法をしてきてよかったと思う。




あと、

そんな紐がほんまにあればいいのに。

とも思った。




あ!もしか…

呼吸が「紐」かもしれない。




ではでは。