この日は金曜日。


カバンにはお財布も家の鍵も入っている。





みんな、自己責任で会社にカバンを取りに行くことに。

フロアはごちゃごちゃ、更衣室はロッカーが倒れ、映画みたいだった。





駐車場へ戻り解散になったが、電車が動いていないため帰れない。

車で来ていた課長が送ってくれることになったが、停電で駐車場のバーが上がらず断念。

仕方なく、電車組3人で福島駅へ。



駅前の百貨店の外にはたくさんの人が避難していた。

駅前にも大勢の人、人、人。

案の定電車は動いていない。

みんなでタクシーの列に並んだが、乗れるのは何時間後か…

諦めて電話ボックスを探した。


同僚の家族が車で送ってくれることになった。





車の待ち合わせの場所まで歩いた。


吹雪だった。


寒かったけど、おかしなテンションだったから気にならなかった。





塀がくずれたお店があった。


停電で信号が止まっていた。


上り車線は、果てしなく混んでいた。








送ってくれる車とはすぐ合流できた。


私達は下り車線。


ガラガラだった。


あっという間に着き、おろしてもらった。





アパートまで来たが、夫の車がない。





急に心細くなった。


私より先に帰ってるはずなのに。


なんでいないんだろう…





家の鍵は最寄駅に停めている車の中。


泣きながら、駅まで走って車をとってきた。





アパートについたら、夫の車があった。





家に入ると、夫が娘を抱いていた。





よかった。無事だった。





家の中は散乱していた。


タンスが倒れ、娘のタンスは引き出しが飛び出して、


玄関も飾ってあるものが落ちて、靴の置き場がない。


キッチンは鍋ややかんが床に落ちて、冷蔵庫は前に出ていた。


幸い、食器類・窓ガラスは割れていなかった。








電気がつかないので、車で10分の夫の実家に避難することに。





娘は夫にたくし、私は避難袋を作ることに。


落ち着いてるつもりだったのに、何をつめればいいかわからない。





どうしよ…どうしよ…





だんだん外が暗くなってくる。


急がないと…





オムツ・タオル・ブランケット・懐中電灯・離乳食…





バッグ2コにまとめ、車に乗り込んだ。





外は真っ暗だった。





本当に、落ち着いてるつもりだったのに、


後から見たら、ブランケットが3枚も入っていた。

怖くて寒くて、みんなでかたまっていた。

テレビカメラみたいなのをかついだ女性2人が、所長にインタビューしていた。




  どうしたんですか?

      地震で避難しています。

  なぜですか?

      会社にいたら危ないからです。



所長も動揺していたのか、真面目なのか、律儀に答えていた。





雪の中、何度も夫に電話。

つながらない。

メール。

送れた。



着信。


公衆電話からだ。

千葉の実家の父から安否確認。




しばらくして、夫から無事のメールが届いた。




保育園にいる娘のことは、不思議と心配しなかった。

なぜか、絶対に先生方が避難させてくれているという自信があった。

保育園に電話してもパニックだろうし、そもそもつながらないだろうから、


まず、家に帰りたかった。





女性がかたまって寒さに震えているのに、男性数人はちゃっかり上着を着て、帰り支度をして現れた。

お弁当箱まで手に持って。



何あれー、と思っていたら別の男性数人が、女性達のコートを持ってきてくれた。

こういうところで、本性が見えるんだね。




駐車場の脇の道は渋滞していた。

笑いながら歩いている人達がいた。

駅の左側、煙が上がっていた。

電柱が斜めになっていた。




夫からメール。

  娘も無事です。保育園から受け取りました。



メールを見た瞬間、安心して腰が抜けました。


3月11日。

仕事中に携帯が振動した。



エリアメール。

強い揺れにご注意ください  





意味を理解する前に揺れが始まった。



キャー  こりゃ危ない  机の下に



なんていう声が聞こえた。

私もデスクの下に隠れた。

強い横揺れ。

頑強なデスクが床を滑って左右に動く。



ウワー!!ウワー!!



みんなはデスクにヘルメットが常備されているが、入社したばかりの私はヘルメットがない。

椅子にかけていた膝掛けを頭にかぶる。

そして、引き出しをあさって携帯を探す。

その間もずっと揺れている。

怖いっていうより、長い。




まだ続くのか。

いつもと違う。





まだーーー??!!


長いーーーーー!!!





って叫んでた気がする。








一旦揺れがおさまった。



前の席の先輩が立ち上がった。




テレビつけましょうか?



聞いた途端、フロアのドアから取引先の女性が顔面蒼白で入ってきた。



エレベーターに乗ってる最中揺れが始まって、会社がある五階にはついたものの、揺れがひどくてフロアに入って来れなかったそうだ。

廊下で小さくなってた、と泣きそうな顔で言っていた。

ひとまず中に入ってもらうと、また揺れが始まった。

入口にかかっていた予備のヘルメット二個を手に取り、一個は取引先の女性に渡し長机の下に誘導。

もう一個は自分でかぶった。

デスクの下に隠れ、デスクの足を掴み、揺れがおさまるのを待った。





長い長い揺れが終わった。



所長が、外へ避難しましょう、と言った。



ヘルメットをかぶり、膝掛けと携帯を手に、非常階段から外へ出た。



会社の前のビルの壁が落ち、下に停まっていた車が潰れていた。



会社の横にある大きな駐車場に避難した。

周りの会社の人達もたくさん集まっていた。

その間も続く余震。

降り始めた雪が吹雪になった。






デスクの下から見えるキャビネットがユラユラ壁から離れていく。

袖机がデスクから離れていく。



手探りでは携帯が見つからないため、揺れてる最中に頭を出し、携帯を見つける。

フロアを見渡すと、ヘルメットをかぶった課長がひきつった顔で椅子に座っていた。