最近の仕事で、とても優秀な「先生」と言われる方々とやりとりする機会が多い。
国から表彰されたり、国内外で活躍するような方々。
プロフィールやインタビュー記事を見ると、学歴から職務経歴までとても優れているだけではなく、日頃からマラソンや筋トレをしたり、家族行事に積極的に参加したり、プライベートも充実している方が体感8割。
(2割くらいは家のことは放置で自分のことだけ頑張ってる。笑)
そういった方々は仕事もとんでもなくできる。
この「できる」というのは、成果を出しているということもあるけれど、何よりも過程。
メールや電話のレスポンスが早いだけでなく、こちらからの急な業務依頼にも快く対応してくださるうえに、メール文言や実際の言葉遣いが全然偉そうじゃない。
なんだったら、私みたいな圧倒的年下で未熟な一般人に対して「●●してくださってありがとうございます」のような、大したことがない対応にもお礼を欠かさない。
すごいなぁ・・・見習いたいけど、未熟な私がするのは当たり前だから、見習う以前の問題かな~笑
これまで35年生きてきて感じているのが、中途半端に良い結果を残してきた人って、社会人としての能力はう~ん・・・ということが多い印象。
例えば、偏差値70前半くらいの高校や大学を出ている人とか、学生時代にスポーツで全国は無理だったけど関東大会にはレギュラーで出てましたってくらいの人って、社会人になってもそれを自慢して他の人を見下すけど、仕事はそうでもないことがとても多い。
見下している自覚もなくて、ナチュラルだから直しようもないんだよね。
ここからは想像だけど、人生で褒められる機会(自己肯定感が高まる機会)がある程度多かったんじゃないかな?
小さな挫折はあっても、思春期に得た過去の栄光って虚栄心の拠り所になるし。
年齢を重ねると自分のことを貶められることってほとんどなくて、知らないうちに影で蔑まれているだけなんだよな。
なんとなく蔑まれていることに深層心理で気づいているけれど、過去にあれだけ褒められた自分がそんな状態にあることを認めたくなくて、無意識に周囲を貶めることで自分を保っている・・・みたいな。
昔あった「えたひにん」の現代版だね。
無意識ってところがまた重要で、自己防衛本能を周囲に迷惑をかける形でしか発動できない程度の能力しかない人間なんだよね。
でもそれを認めることはプライドが許さない。
一方で、突き抜けて優秀な人って良くも悪くも周囲に興味がなくて、単純に自分が生きやすい人生を送るために行動を選択しているって感じ。
周囲に好まれる言動をすれば自分の人生の邪魔にならないし、ライバル視するほど自分と同じ立ち位置の人間が多くないから、妬み嫉みに伴う周囲を貶める行為もそんなに生まれない。
なんだったら妬み嫉みも自分の人生の足かせになるから、無駄だと思っていそう。
そういった方々と接すると心が洗われる気がするけど、気がしているだけで実際はドロドロなまんまなことに、たま~に気づくと勝手に落ち込む。
なんで中途半端に良い結果を残した人をこんなにボロクソに言うかっていうと、まさに私がそうだから。
そして、学生時代に接してきた同じような環境の友人が、たまに私と同じような虚栄心を隠せない言動をする。
類は友を呼ぶというから、私の周囲数十名だけがそうなのかもしれない。
無意識なんだけど、たまに「あれってもしかして良くない言動だった・・・?」って不意に気づくことがあって、自分のみっともなさに苛まれる。
要は頭が悪いんだよね。
勉強みたいな誰でもできることとは別の、頭の回転の部分で常人よりもかなり劣っている。
頭の回転を速くしてみたいね。