車を運転する人から「こんなドライバーは嫌だ」というお話を聞くことがある。
私が車を運転しないせいもあるだろうけど、お話を聞いていてつくづく思う。
暗黙のルールが多過ぎない?


例えば、車線変更で道を譲ってもらったら、ハザードランプで後ろの人にお礼を
伝えること。
それをしないと、譲った側の運転手は大体お怒りになる。
そんなこと教習所では学ばないし、知らない人割といるんじゃないかなー
私も免許取得から数年経ってから、友人に教わって初めて知った。


それと、パッシングの意味が多すぎる。
対向車線にいる右折しようとしている車に「曲がっていいよ」と伝えたり、
そのお礼でパッシングを返したり、
前の車に対して遅い!と警告したり、
「この先にパトカーいるよ」って教えてあげたり・・・


意味が多すぎて何の意味か分からない時もあるし、そもそもパッシングに意味が
あることも数年前まで知らなかった。
時と場合によっては、意味を勘違いされて喧嘩になるかもしれなくない?
夜にされたら目潰しになるし。
パッシングのお返しがないことにお怒りになっていた方もいた。


短く鳴らすクラクション=お礼、と捉える文化に至っては、最近まで知らなかっ
た。


雨の日とか大型連休とかは、普段運転しない人が必要に迫られて運転しているパ
ターンもある。
そういう人が運転に慣れていなくて、危ない運転をしてきたら怒るのは仕方ない。
ぶつかりそう!みたいな危険を知らせるために、クラクションを鳴らすのも良い
と思う。
それは公然であって、実際に「いけないこと」だと誰もが認識すべきことだから。


暗黙のルールは、お互い車という閉鎖空間の中にいる状況で、コミュニケーショ
ンをとる方法を模索した結果生まれたのかもしれない。
その努力は素晴らしいと思うけれど、その暗黙のルールを守っていないからとい
って、お怒りになるのは違うんじゃないかな。


運転が好きな人の中に一定量、暗黙のルール関係で運転しながら暴言を吐く方が
いる。
運転できない私がその時に口を出すことはないけれど、横に乗っていて苦手意識
が出てくる。
相手が暗黙のルールを教わる機会を逃しているだけかもって、広い視野で寛容に
見てあげる人は素敵だと思う。
あなたが怒ったところで、同じ車に乗っている人を怯えさせるだけで、相手には
伝わらないんだから。