昨日行ってきた同中で、
思いを馳せたものが一つ。
弟子というのは
師匠に着き従い、
その教えを信じ、
勝ち進むもの。
と言う事です。
あぁ、
その通りだよなぁ、
と感心しました。
それまでの疑問が吹っ飛ぶ思いでした。
創価学会
現在の師は
池田 先生です。
その先生の師は
戸田 先生。
その先生の師は
牧口 先生。
私の親は
その創価学会に属している人間で、
私もその為必然的にそこに属す事になった人間の一人。
特に何も思った事はないのですが、
この頃は参加してと求められると言う事もあり、
ちょこちょこ参加しています。
それはさて置き、
今まで良くわからなかったんです。
広布って何で必要なのか。
やりたければやれば良い。
入りたければ入れば良い。
そう思っています。
強制しても意味が無い。
そう思います。
そりゃあ善い事ありました。
と体験して、
それを大切な人にも味わって欲しい
という考えから、広める。
のも考えとしては良いと思います。
広めないから冷たい人間だと、
たまに言われますが、
しなくとも幸せになれる人もいます。
しない方が幸せになる人もいるかも知れません。
私は体験を聞いていても、
そう思ってしまいます。
なので、
入りたい方がいるのなら、
別に広めるのも良いのです。
ただ、
創価学会自体、
強制をしていないはずが、
広布
をするっていうのは
どういう事かわからなかったのです。
そんな折の昨日。
弟子とは
について聞いていて、
あぁ
そういう事か
と妙に納得した自分がいます。
弟子は
師につく。
もので
師の教えに従う。
ものなのです。
そうでなければ
師の教えを信じる事が出来ないのなら、
師をとるな。
これは昨日でなく、
大分前に読んだ漫画の一つのセリフです…が、
あぁ、
こういう事かと
思えました。
という訳で
変に納得した昨日でした。