マジシェンヌアッコの可愛いだけで良くない?

マジシェンヌアッコの可愛いだけで良くない?

可愛いだけで良くない?が
座右の銘の
Magicienne(魔法使い)
布フェチアーティストです。

「情報空間の書き換え」に出会い、現代の錬金術師(アルケミストマスター)になり世界を変えていく奇跡の物語。

可愛いだけで良くない?

Magicienne AKKO

うすいあきこです こんにちは!




【地図を見てから、その場所に立つ人だった】

いくつかの例えで分かったこと

縦軸と横軸のことを、
私はずっと
うまく言葉にできないまま
感じていました。

でも振り返ってみると、
それは
昔からの体質だったのだと思います。


① 地図を見る人と、道を歩く人

道を歩く人は、
目の前の曲がり角を見る。

今どこにいて、
次に何を避けて、
どう進めばいいかを考える。

地図を見る人は、
少し離れた場所に立っている。

山と川と街の配置を見て、
「そもそも、どこへ向かうか」を考える。

どちらが正しいわけでもない。

ただ、
地図を見ないと
歩き出せない人もいる。

私はたぶん、
地図を確認してからでないと、
一歩が重くなるタイプだった。


② 設計図を見る人と、工事をする人

工事をする人は、
今ここに壁を立てる。

寸法を測り、
材料を運び、
完成に向けて手を動かす。

設計図を見る人は、
まだ何もない場所で、
完成した建物の姿を思い描く。

私は、
設計図を見ないまま
工事を始めることができなかった。

「どんな建物か分からないまま
手を動かす」ことに、
身体がNOを出していた。


③ 空を見上げる人と、時計を見る人

時計を見る人は、
今が何時かを知っている。

次に何をするか、
どれくらい急ぐべきかが分かる。

空を見上げる人は、
時間そのものを
忘れてしまうことがある。

でも、
季節の変わり目や
流れの切り替わりには、
不思議と敏感だ。

私はずっと、
空を見上げる側だった。

だから、
時計の話だけをされると、
急に息が苦しくなった。


④ 初めての場所に行くとき

初めての場所に行くとき、
私はガイドブックや地図を見る。

でも、
それだけでは
どう過ごすかのプランは立てられない。

実際にその土地に立って、
空気を感じて、
音や匂いを受け取ってから、
ようやく
「ここで、どう過ごしたいか」が
浮かんでくる。


ここまできて、分かったこと

私は、

地図を見ることも必要で、
現地に立つことも必要で、
その両方がそろって
はじめて動ける人だった。

縦軸と横軸も、
きっと同じ。

どちらかだけではなく、
行き来しながら、
自分の場所を確かめてきた。

この1ヶ月の観察は、
そのことを
思い出す時間だったのだと思います。




いち早くお知らせなどは
こちら↓

友だち追加


お問い合せは 
こちら 
akosmle328@gmail.com 

もしくはFacebookメッセージや
Instagramアカウント

@akosmile

可愛いだけで良くない?

Magicienne AKKO

うすいあきこです こんにちは!





この1ヶ月、
私はとても静かに、
自分を観察していました。

何かを変えようとしたわけでも、
答えを出そうとしたわけでもなく、
ただ、起きていることを
そのまま書き留めていった記録です。

書いていくうちに、
点だった気づきが線になり、
線だったものが、
ひとつの流れとして見えてきました。

縦軸と横軸。
混沌と疲弊。
怖さと、安堵。
そして、戻ってきた感覚。

これは、
「整えた結果」ではなく、
ちゃんと通過してきたものを
あとから回収した記録です。

ここに並んでいるのは、
その足跡。

よかったら、
気になるところから
自由に読んでみてください。





この1ヶ月の静かな観察日記 (1)
この1ヶ月の静かな観察日記 (2)
この1ヶ月の静かな観察日記 (3)
この1ヶ月の静かな観察日記 (4)
この1ヶ月の静かな観察日記 (5)
この1ヶ月の静かな観察日記 (6)
この1ヶ月の静かな観察日記 (7)
この1ヶ月の静かな観察日記 (最終回)





いち早くお知らせなどは
こちら↓

友だち追加


お問い合せは 
こちら 
akosmle328@gmail.com 

もしくはFacebookメッセージや
Instagramアカウント

@akosmile

可愛いだけで良くない?

Magicienne AKKO

うすいあきこです こんにちは!




この1ヶ月の静かな観察日記(最終回)

✨横軸を怖がらなくなった日✨


今日、

ふと気づいたことがあります。


横軸を、

怖がらなくなっている。



横軸は、

ずっと私にとって

ヒリヒリする場所でした。


やらなきゃいけない。

理解しなきゃいけない。

説明できなきゃいけない。


そう思うたびに、

身体が先に

ぎゅっと固まっていた。



数字。

構造。

戦略。

ビジネス。


どれも必要だと分かっているのに、

そこに長く居るほど

消耗していく感覚があった。


横軸は、

私にとって

「戦う場所」になっていたのだと思います。



でも今日、

その感じが

すっと消えていることに気づきました。


分かった、というより。

克服した、というより。


ただ、

怖がっていない。



横軸が、

敵でも

修行でも

試験でもなくなっていた。


縦軸を

否定する場所でも、

矯正する場所でもない。


ただ、

確認のために

そっと触れる場所。



横軸は、

縦軸を外の世界と

共有するための

翻訳層だった。


そこに

住まなくていいし、

正解を出さなくていい。


必要なところだけ、

触れて、

戻ればいい。



だから今は、


「分かった!」ではなく

「ん…そういうことかも」


そんな

ふんわりした感覚。



横軸を

使いこなせるように

なったわけじゃない。


ただ、

怖がらなくなった。


それだけ。



この感覚は、

頭で理解したというより、

身体が

「もう大丈夫」と

言っている感じに近い。



今日は、

横軸と

友達になれそうな気がした日。


無理に近づかなくても、

距離を取りながら

同じ空間にいられる。


それだけで、

十分だった。






いち早くお知らせなどは
こちら↓

友だち追加


お問い合せは 
こちら 
akosmle328@gmail.com 

もしくはFacebookメッセージや
Instagramアカウント

@akosmile

可愛いだけで良くない?

Magicienne AKKO

うすいあきこです こんにちは!






(6)を書いたあとで、

ようやく触れていい場所が

あると感じました。


それは、

ブランドを立ち上げてからの

混沌と、疲弊の時間。



ブランドを持つこと自体は、

私にとって

たくさんの喜びや出会いを

運んできてくれました。


でも同時に、

それまでとは

明らかに違う負荷も

静かに積み重なっていった。



それまで私は、

かなり縦軸寄りで

生きてこられていたと思います。


大企業とのデザイナー契約で

長らく仕事をしてきていたので

苦手な部分は

他の人がしてくれていました。



ところが、

紆余曲折を経て

自分のブランドを立ち上げてから


横軸の要素が

否応なく必要になってきました。



数字。

構造。

集客。

継続。

戦略。



デザイナーとしての

キャリアは積んでいたけど

経営者としては初心者。


初めてのことばかり。


私は少しずつ

削られていってたのには

気がつきませんでした。


確実に

エネルギーが抜けていく感覚。



「経営者として、

負けてしまっている

立て直しが分からない」



そんな言葉が、

心の奥に

沈殿していた時期もありました。



それでも、

完全に折れずに

ここまで来られたのは、


助けてくれる人が

常にどこかにいてくれたから。


そして何より、

縦軸の感覚だけは

最後まで

消えなかったからだと思います。



当時は、

ただの混沌でした。


整理もできず、

意味づけもできず、

ただ疲れていた。



でも今なら、

はっきり言えます。


あの混沌は、

失敗ではなかった。



縦軸だけでは

通れなくなった時代を、


横軸を抱えながら

どう生き直すか。


その移行期に、

私は立っていただけだった。



(8)では、

その「混沌の正体」と、

なぜ疲弊したのか、

そして

なぜ今、

回収が始まっているのかを

静かに書いてみようと思います。



これは、

(6)を書いたからこそ

安全に触れられる回。


自分を責めるためでも、

美談にするためでもなく、


「ちゃんと通過していた」

という事実を

回収するための回です。







いち早くお知らせなどは
こちら↓

友だち追加


お問い合せは 
こちら 
akosmle328@gmail.com 

もしくはFacebookメッセージや
Instagramアカウント

@akosmile

可愛いだけで良くない?

Magicienne AKKO

うすいあきこです こんにちは!






縦軸が心地良いのに

横軸もないと納得できなかった私



私はたぶん、

ずっと縦軸寄りだった。


言葉になる前に、

身体のほうが反応して

しまうことが多く、

感覚で分かってしまうことも、

少なくなかった。


むしろ言語化が下手。



同時に、

横軸の説明がないと

どうしても

腹落ちしない人でもあった。



「それっぽい言葉」や

スピリチュアルな説明では、

分かった気にはなれても、

納得できず


感覚だけで進むことを、

どこかで

自分に許していなかったのだと思う。



だから私は、

縦軸の感覚を持ちながらも、

横軸の構造や言語、

因果の説明を

ずっと探していた。




ヒーラー的なことが

「できてしまう」ようにも

なりました。



でも、

それを積極的に

やりたいとは思えなかった。



能力や分野への拒否ではなく、

私が立つことになる

「関係性」に

身体がNOを出していたのだと思う。



誰かに依存される立場。

「治す人/治される人」という構図。

病気を目的に据えた関わり方。


そこに

私の居心地の悪さを

無意識に感じていました。



病気や不調が、

偶然ではなく

必然的に起きていることが多い

という理解はあり

実体験もしてます。



それでも私は、

それを

「治す役割」として

扱いたかったわけではないのです。


私が見ていたのは、

その先にある

生き方や前提、

そして

その人が

自分の足で立つことでした。



思い返してみると、

私は昔から

少し引いたところから

全体を見る癖があった。


デザイナーとしては珍しい、と

アートディレクターの方に

言われたこともあります。


つくる側でありながら、

同時に

「全体はどう見えるか」

「これはどこに位置づくのか」

を、無意識に見ていました。



だから私は、

感覚だけでは進めなかった。


全体構造が見えないと、

確信につながらなかった。


縦軸の感覚と、

横軸の説明が

同じ場所に並んだとき、

ようやく身体が

「これでいい」と

OKを出した。



世界線。

意図。

前提。


この言葉で整理できたとき、

私は初めて、

自分の立ち位置が

ここがいいと思えた。



私は、

縦軸で生きている。


でも、

横軸を通過して

確認しないと

納得できない人でもある。



その両方を持っていたからこそ、

遠回りをしながら、

ようやく

自分の立ち位置に

戻ってきました。






いち早くお知らせなどは
こちら↓

友だち追加


お問い合せは 
こちら 
akosmle328@gmail.com 

もしくはFacebookメッセージや
Instagramアカウント

@akosmile